第4話 なに笑ってんだよ?
時計がぶっ壊れている以上、時間などあって無きに等しいが、少なくとも二人の体感では三時間あまりの行軍である。
「トリキスタン」
「ンガミ湖」
「コイン」
「ングアビ」
「……ビーガン」
「ンズワニ島」
「……………んだあああもぉおおおおお!!」
淡々と重ねられていた無意味な言葉の応酬を日比野の咆哮がぶち破る。高木は首を反対に傾けた。
「おわらせろよ!おわりてぇえんだよいい加減よおおお!!」
「しりとりが魔よけになるって言ったの日比野じゃん」
「限度があんだわ!もう限界なんだわ!」
「魔よけが?」
「飽きたんだよ!!別のことしようぜ!」
「別のことって……古今東西とか?」
「言葉探す系はもう嫌だ!!」
「ワガママだなぁ……」
高木が胸ポケットに挿したタブレットから伸びる光が、二人の唯一の視界だ。時代の最先端をいく高性能タブレットだが、今は割高で使い勝手がイマイチな懐中電灯と化している。高木は足を止めた。
「ねえ日比野」
「ぁあ゙ん?」
「魔よけの効果、あったみたいだよ」
つい一寸前まで一面白塗りの壁だった廊下は、白い障子戸に変わっている。光に照らされた障子には、張りつき此方を凝視する人の影が透けて見える。
ふ、と光が消え、暗闇に埋もれる。左手を何かが掴んだ。息を吐く気配からして、日比野だろう。
「……バッテリー切れみたい」
「そうか、充電しろ」
「うん。そっちのライト点けといて」
「ああ」
「それと、なるべくこうやってを繋いでいよう。いざとっさに掴んだときに、別の誰かの手だったら嫌だからね」
「、んでこのタイミングで言うんだお前は」
ビビったんだよ。
延々と先まで続く障子戸と、その向こうで此方を覗く人影に、日比野は「入ってみるか?」などと宣う。よくも言えたなそんなことが。
「だけどさ、このまま延々歩いててもラチあかないじゃんか」
そう言って、
誰かの居室のようだった。畳の床に、整えられた布団一式と、枕元には小さなシェードランプ。古めかしい文机に、これもまた年代物と見られる箪笥。それら全てを覆うように、黒い釘が無数に突き立っている。
「………入れば?」
日比野は無言で戸を閉めた。ライトの当たる障子の先に、さっきまで張りついていた影はない。
見間違い?そんなワケはないだろう。他の戸にもたくさん──振り返って、他にも張りついていた影を確かめるが、まず障子戸そのものがない。元の白塗りの壁が何食わぬ顔でそこにある。
「おい」
肩が震える。
落ち着け。日比野の声だ。
「なに?」
「握り過ぎだ。人の手潰す気かよ」
「……ああ、ごめん」
だけど、びっくりもするだろ。障子がいきなり出たり消えたりしたんだぞ。なんでコイツビビんないの。
目を細めて見つめるが、ライトを持っているのは日比野だから、彼の顔はよく見えない。
「……君も、よく開けられたよね。あんなにべったり人が張りついてたのに」
「人?そんなんいたか?」
「ええ、何言ってるの、全部の障子にべったり張りついてたじゃん。障子ごしでも肌の色が透けて見えるくらい」
「俺そんなん見てねえぞ」
「え」
「そりゃいきなり出てきたのにはビビったけどさ、人の影なんかなかったし、べつに腕も飛び出してこなかったし」と、声が言う。
黙り込んでいると、何かに気づいたらしい日比野もまた口をつぐんで此方を見つめる気配がする。
「君の意見を聞きたいんだけど」
日比野からは呼吸音がした。
「僕は恐怖で頭が沸いたんだと思う?」
「なっててもおかしくはないとは思うが、お前さっきからビビってるか?顔に出にくいタチか?」
「わかんない。隠すのは得意だけど」
「だろうな」
「この場合、二つ考えられるよね」
「お前が頭イカれたってのと、俺たちが頭イカれたってのか」
「いやそうじゃなくて、ひとつはあってるけど、この場合考えられるのはさ、単純に君が見えないんじゃないかってことだよ」
「お前、霊感あんの?」
「ないよ、全然ない。あったら良いなとは思っていたけど、実際見えたことは一度も────上だ日比野!!」
日比野の手を思い切り手前に引っ張り後ろに倒れ込む。直後ドサッと落下してきたのは、全身に血をべったり塗りたくったような赤ら顔の、白装束の女だった。
「………っ、」
眼は完全に裏返り白目を剥いている。にも関わらず、こちらのほうを見て、ニタリと笑ったのだとわかる。
逃げなくちゃ。そう思うのに、足が強ばって動かない。
女はカエルのように手足を折り曲げ、唇を耳の付け根まで開いてこっちに飛びかかってきた。
堪らず、目をぎゅっと瞑る。死んだわこれ。
しかし、想像していた痛みはいつまでたってもやって来ない。代わりに響く「ぎゃあああっ!」というくたばりかけの烏みたいな絶叫に驚き、目を開く。
日比野の背中が目の前にある。明かりのついた時計が手にだらりと下がっているため、ハッキリとは見えないが、彼の右手が異形の顔面をとらえ、壁に押さえつけている。
「ギッ、ギャ、……アッ、」
異形の手足がビクビクと痙攣する。これ以上押し込む場所もないのに、日比野は尚も力を込める。
「……ねえ、日比野。それ以上は、」
パキッ、という軽い音の後、ゴシャリとスイカを割ったような音と共に頭が弾ける。勢いよく吹き出した血と肉片が日比野の顔までも赤く染める。
「……ひ、ははっ」
「……っ、……………」
「ははははははははははははははははははははは!!!」
ビリビリと全身の皮膚が震え、高木は総毛立つ自身の身を抱きしめた。普通じゃない。コイツは、マトモじゃない。
満開の花のように割れた頭が、ゴミのように地面に投げ捨てられる。ビシャッと血溜まりが跳ねる。
指先に血だか肉片だかわからないものを絡みつかせ、日比野は上機嫌に吼えた。
「これだよこれ!!やぁっぱ自分でやんなきゃ楽しくねえよなぁっ、なあ!?」
「ひぇ」
「お前もそう思うだろ?」
暗闇は深く、ライトの角度は高木の姿を明らかにしてはいなかったが、此方から見える日比野の瞳は、間違いなく高木の表情を捉えている。
高木はありったけの神経を掻き集めて柔らかい笑みを描いた。
「顔が見えねえのが残念だなあ。自分を強いって勘違いしてるヤツらがさ、舐めきってるやつにボコボコにして泣き喚いてんのって滅茶苦茶面白いのになあ。なあ高木ぃ、コレ今どんな顔?豚みたいな悲鳴はあげてる?」
グッチャグチャですけど。泣き顔とか悲鳴とか言う前に死んでますけど。いやコイツらに死ぬとかいう概念あんのかわかんないけどさ。それにしたって、お前、なんで平気そうなの。
学校に居たころ、ぽつぽつと聞かされた日比野の噂に、二、三人は殺めてる。なんて一際眉唾なネタがあったのを思い出し、高木は血の気が下がるのを感じた。
まさか。でも、狂い笑う姿はあまりにも。
ふと、甘い匂いが漂っていることに気付く。どこかで嗅いだ覚えのある匂いが、どこかから──女のひしゃげた頭から香っている。
……なんだろう。貧血かな。頭がぼんやりして、うまく「おい」
あと少しで女に届いた手が、日比野に捕えられる。
「俺は、お前に何かしろとは言ってねえ」
「……だけど、食べなきゃ怒られるよ」
「怒んねえよ。そんなんで怒るヤツ俺がぶん殴ってやる。だから何もすんな。お前は大丈夫だ」
「だめだよ……みこさまはこわいんだ。逆らったら、君が、次の鬼に、な……る」
顔を上げると、苦虫を千匹噛んでもそうはならんだろうという顔をした日比野と視線が絡む。
「みこさまって誰?」
「しらん」
「鬼ってどゆこと?」
「しるか」
ドッと汗が吹き出した。何の違和感も、苦痛にも思わなかった。そうあることが当然のように、高木は女の血肉を貪ろうとしていた。
先程とは違った寒気が背筋から体内に入り込み臓腑を竦ませる。
「僕、大丈夫かな」
表情の笑みこそ変わらなかったが、声の震えは隠せなかった。途方に暮れた呟きに、日比野はにべもなく告げる。
「大丈夫だ」
「………は、」
なんでそんな自信満々に、そんな無責任なことが言えるんだよ。
高木は呆れ、両手で笑みを隠した。
── terrified ──
【さぁや】
さぁや:みぃこちゃぁ〜ん(๑o̴̶̷̥᷅﹏o̴̶̷̥᷅๑)
美奈子:よしよし(o・_・)ノ”(ノ_<。)
さぁや:もう2週間だよ…?おかしくない?
美奈子:警察が動いてるらしいから大丈夫でしょ。脅迫状とかも届いてないらしいし
美奈子:どの道私たちに出来ることはないよ
さぁや:みぃこちゃんクールすぎ!( ˃̣̣̥ω˂̣̣̥ )
美奈子:さぁちゃんは高木好きだもんね(✿˘艸˘✿)
さぁや:ちゃんと日比野くんも心配してるもん!(*≧m≦*) コワイけど…(๑o̴̶̷̥᷅﹏o̴̶̷̥᷅๑)
美奈子:わかるよ。私たちおんなじ班だったし、ちょっと責任感じちゃうよね╭( ๐_๐)╮
さぁや:うん…はやく帰ってくるといいね
このまま消えちゃえばいいのにな。なんて、思ってるのは私だけなんだろうな。
「………さぁちゃんのバーカ」
──Hate──
辿り着いた部屋は、丸い大きな障子の窓がついた部屋だった。
延々と歩き続けた廊下の突き当たりだったそこは、二人が「突き当たりかよ」と白けて後ろを振り返ってみると木の格子戸が張られていて、すわこれまでかと肝を冷やしたが、なんのことはない。牢に鍵は掛かっていなかった。
足元には、何の芸当やら畳が敷きつめられているが、板張りの廊下と大差ないくらいには硬い。窓下には綿が詰まってるんだか布だけかもわからない煎餅布団があり、壁と布団との隙間には抽斗が3つある箪笥。中には小さな紙切れの寄せ集めと、小指くらいの長さの鉛筆と、消しカスみたいな消しゴムがあった。
我が物顔でいの一番に抽斗を開いた日比野が、紙切れに光を当てる。
「うわっ、なんだこりゃ」
「なに、グロ記事?」
横から覗き込んで見る。なるほど、独特な文字だ。
「昔の字か?ぜんっぜん読めねえ」
「ちょっと一旦ライト貸して」
「は?」
「読んでみるよ」
「お前古典得意なの?」
「なんでそんなイヤそうなの?ていうかこれ古文じゃないよ。単純に字が汚いだけ。書いたのは多分明治だ」
「なんでんなことわかんだよ」
「紙に日付が書いてある。日記的なやつかな、知らないけど。あと僕もその気になればこんくらいの字書ける」
「マ、ジかよ、全然自慢にならねえな」
「なんで嬉しそうなの?」
書いている文字もさることながら、紙も明らかに質が悪い。再生紙が二三度転生してきたように見える。その上一度書いた文字を消し、その上から文字を書き込んでいるようで、書き込まれた文字が所々霞んでいる。
[明治十五年九月十五日
伽耶子来訪。今晩満月の由に面見たきなれど許可得ず。霊薬賜る。虫声聞く。
明 十 年九月廿日
病痊えず。寒風甚し。屡雨音聞く。霊薬 る。
明治 五年九月 九
雨歇まず。身甚 耳鳴歇ま 。
薬 。
年十月
伽耶 来訪。今晩朔月の由。面会許 得ず。御子来訪。今晩召上由。伽耶子 末長き多幸祈る由。御子聞き届けたり。幸甚なり。]
「で、どういう状況だよ」
一部を読み上げたきり黙り込んでいる高木に、さほど耐え症のない日比野が痺れを切らして視界を奪う。
紙片から己の顔面へと光を当てられた高木は、質問には答えず、ただ顔を上げて日比野を凝視する。
「んなんだよ」
「………日比野はさ、安井神社の伝承って知ってる?」
「知らん」
「だよね。僕調べたんだ。ディベートでひとつくらいパンフ以外のネタも必要かと思って」
「ディベートなんてやんのか」
「やるよ。授業で言ってたじゃん……じゃなくて、その伝承が面白くてさ」
高木は腕時計にやんわりと手を翳した。
月の晩に鬼が来る
鬼は人を惑わせ狂わせる
里の者は怯えて暮らす
ある朔月の晩に蛇が現れた
蛇は里の麓の沼に住みついた
次の月の晩、鬼は現れなかった
「以来、里の者は白い蛇を神と信じ祀るようになった、て話。絵本とか伝説とかだともっと脚色がついて、蛇の姿は神の化身で、鬼の隠れ家にこっそり入りこんで食い殺したってことになってるんだけど」
「へー……で、どこが笑いどこ?」
「ネタ的な意味じゃなくってさ、不思議じゃない?人を惑わせる鬼は怖がられるのに、その鬼を食っちゃう蛇は有り難がられて神様になっちゃうとことか」
「あー……?いや、割とよくあるだろ」
「そうなの?まあとにかくさ、その伝承はそれで終わりなんだけど、里ではその後また鬼が出たみたいなんだよね」
「んっだそりゃ、蛇食い殺してねーんじゃん」
「別の鬼が現れたって解釈みたいだよ。そんで、毎年秋の収穫時期に現れるそいつらを神様に退治してもらうらしい」
「……なるほど」
日比野が眠たそうな顔をする。
まあ言わんとすることはよくわかる。
「人為的な
「んぁー……蛇?」
首を一巡させて日比野が言う。
「僕もそう思う」
「それで?」
「……え?あ、いやだからさ、僕達をこの状況に追いこんでるのもそいつなんじゃないかって」
「あ?つまり蛇野郎をぶっ倒しゃいいってことか?」
「極論言えばそうなんだろうけどさ」
「ひどいなぁ」
「だけど、仮にも鬼を食うような怪物をさ、君、倒せると思う?」
日比野は一瞬クワリと目を剥いたが、ふと何かに思い至った様子で口をつぐみ、苦そうな顔で「そうだな」と返した。
「だけど、そんじゃどうすんだよ……高木?」
指の隙間から覗いていた光が、ぴったりと閉じたことで完全に闇に包まれる。
「そいつの筋書き通りに行くなら、鬼の方だろうね」
「鬼倒せってことか?つか、そんなもんどこにいんだよ………ァ俺かあ!?」
暗闇の下で、高木はスッと目を座らせた。
「なんでそうなる」
「俺よく言われるし。つか単純に考えて俺とお前なら俺だろ」
「いや知らないし。そうじゃなくてさ……………まあいいや」
再び現れた光源のもとで、高木は真っ直ぐに日比野を見つめた。
「本殿に行こう」
「あ?何で?」
「言ったでしょ、毎年収穫時期に現れるそいつらを神様に退治してもらうんだ」
「現在進行形?儀式的なんじゃなくて?」
「もちろん儀式だよ。鬼役と神役がいて、神役が剣で鬼の首を斬るんだ」
「は」
「演舞でね。知らない?『
「……お前、それを、早く、言えよ」
「演舞で使われるのはもちろんレプリカなんだけど、パンフによると本物があるらしいんだよね」
「………マジでやんのかよ、鬼退治」
「やるよ。帰るためだからね」
視線を逸らさない高木に、日比野は自分のほうから目を逸らした。
「本殿じゃなくて宝物庫だ」
「え?」
「本殿にあんのは御神体だ。そういうやつは、宝物庫…………で、こっからどーすりゃ行けんだ?」
牢の向こう側には、洞窟のような岩壁のトンネルが続いている。
「目的が合致してれば道を用意してくれると思ったんだけどなあ」
「そう上手くいくわけねえだろ、っと」
ひょいと準備運動のようにもたらされた日比野の蹴撃が、分厚い木の格子をつき崩した。
「もしかしてキゲン悪い?」
「や、なんか呪われてそうだし素手で触りたくねえ」
「わかるけれど」
木片と化した格子戸を跨ぐと、ぽっ、と明かりが灯る。見上げると岩壁に火を灯した蝋燭がある。歩を進めるごとに、それは等間隔に現れ、終わりのない行路に明かりを灯した。
「おら、用意してくれたぞ。喜べよ」
「……ぅ、」
嬉しくねぇえ〜。
日比野は時計のライトを消した。
高木獅郎には友人がいる。正義感が強く、心の優しい友人だ。保育園から小学校の最終学年まで同じ学校同じクラスだったが、中学からは高木が受験戦争に勝利してしまった為に、別々の学校になってしまった。
それでも二人の関係は続いていた。週末にはどちらかの家に集うのがお決まりだったし、オンラインで話をしたり、ゲームをしたり、少なくとも高木は、距離を感じることは無かった。
友人が、クラスでのイジメをきっかけに自殺するまでの話だ。
「で、それが」日比野の持つ時計を示して言う。「その友達が死ぬ前日にくれた誕生日プレゼント」
「なんで今その話をした?」
「君がクラスで嫌われてるって言うから」
「だから、なんでその流れで自殺したヤツの話すんの?フツー思ってなくてもフォローとかだろ。バッドエンドだけ聞かされた俺はどうすればいいわけ?」
「笑えば?」
「頭イカれてんのか」
何処か荒んだ空気で応酬をくり広げながら、二人は黙々と歩き続ける。ぶっちゃけ疲れて喋る気力もないのだが、旅は道連れとはよく言ったもので、一寸先も見えない暗闇を、敵に導かれるようにぽつぽつと火が灯る先を導に進むのに、互いの声は多少の励みになるのだった。
「それにしても、終わらないね」
高木は光の端を見遣り、肩をすくめる。
「
「マジかよぉ〜…」
かったるそうにぼりぼりと頭を掻く日比野は、状況に似合わず、緊張感の欠片もない。実際、こうも長い間同じところを延々歩いていると、流石に緊張感も切れてくる。高木は口元に手をやり、欠伸を噛み殺した。
「………?なあ、今………高木?」
ふと我に返る。高木は自分でも気づかないうちに床に膝を着いていた。
「おい、どうした」
日比野が肩を揺さぶる。ぐらん、ぐらん、まるで神社の拝殿に掛かる大きな鈴みたいに、頭の中が大きく揺れる。高木は堪らず繋いでいた手を振りほどき、日比野を拒絶した。
「高木?」
「う、……るさ……さわぐな」
「ああ゙?んだよ、人が心配して………おい」
通ってきた廊下を振り返った日比野は、地を這うような声を響かせ、抵抗する高木の二の腕をわし掴んだ。
「立て。走るぞ」
「……な、に」
「っ来てんだよ!後ろから!」
焦燥と怒りの混じる声で叫び、乱暴に引き上げようとする。
しかし、頭の中を直に掻き回されるような痛みと眩暈と混乱が、一拍脈を打つごとにやって来る。高木には最早自力で立つ余力もなかった。
「おい!!何やってんだよ!」
「先に行って」
「は?」
「後で、追いつく、から、………ちゃんと追いつくから、先に行って、………剣を、」
「お前ナメてんのか。んなこと信じられるわけっ」
「この時計」
縋るように腕を強く掴んだ。その手首に巻かれた時計に、祈るように額を寄せた。
「大切なものなんだ。信じてくれなくっていいから。頼む」
「………っ、……お前さぁっ、こんな時まで、なに笑ってんだよ?」
別に、痩せ我慢で笑ってるんじゃないさ。
反論したいが、食いしばった歯を解くのが億劫だ。
よく言うだろ。笑顔は人の威嚇行為なんだって。
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