エピローグ

 アレックスが正妃の養子になる――

 この噂は瞬く間に広まった。

 事前に話を聞かされていなかったアレックスは愕然としていたが、自分の立場というものを理解している彼は最終的には納得したようだ。

 これに喜んだのは国王で、城に戻ってきた正妃の部屋に頻繁に顔を出しては「鬱陶しい!」と追い返されていた。

 あとは、ヴィクトリアとテオドールの縁談の話を消し去れば丸く収まる。しかしこちらの方が大変だろうと思っていたシャーロットだったが、第三妃と正妃は二人そろってのほほんとこう言った。


 ――その件は多分大丈夫よ。


 シャーロットが、いったい何が大丈夫なのかと思っていた矢先のことだった。


「クレダ公国からユリオル様が来る!?」


 アレックスにそう聞かされて、シャーロットは驚いた。

 どうやらアレックスはクレダ公国のユリオルにシャーロットが婚約させられそうになっていることを手紙にしたためて送ったらしい。それを聞いたユリオルは、大慌てでルセローナ国に来る手はずを整えた。


「今朝、正式に申し込みがあった。留学で一年間、ユリオル殿が来る」

「留学で――」

「ああ。そしてもう一つ。クレダ公国から正式に、ヴィクトリアとの縁談が持ち込まれた。ただし、ヴィクトリアが一度断っている手前、ユリオル殿の留学期間の一年間をかけて判断してくれればいいと、ずいぶん寛大な申し入れだ」

「……それ、入れ知恵した?」

「ばれたか」


 アレックスはぺろりと舌を出した。

 クレダ公国のユリオルへの縁談の返事は、彼が留学を終える一年後まで。つまり、この一年間はテオドールとヴィクトリアの縁談を強行することはできない。議会でこの議題は一度白紙に戻さざるを得ない状況ということだ。


「考えたわね……」

「ヴィクトリアの性格じゃ、驚いたから断ったという理由であっても、すぐに求婚されたら意地になって突っぱねる可能性があるからな」


 さすが兄。妹の性格は熟知しているようだ。

 ヴィクトリアは、ユリオルのことはまんざらでもない様子だったので、時間さえ与えればこの縁談は上手くまとまるだろうと思われる。

 テオドールの方も、リリアとのことは正妃と第三妃が二人そろって手を貸すそうだ。妃二人がバックにつけば、さすがにリアクール公爵とはいえ反対はしにくいはずである。


「これで一件落着ってことかしら?」


 シャーロットがホッと息を吐きだすと、アレックスが不思議そうな顔をした。


「一件落着も何も、これから一番迷惑をこうむるのは多分お前だぞ」

「なんで?」

「そりゃ、正妃が俺の母親になって城に戻ってきたんだろ。さらにヴィクトリアも妙にお前に懐いているみたいだし。きっと――」


 アレックスが言いかけている途中から、ばたばたという足音が聞こえてきてシャーロットは嫌な予感がした。


「シャーロットいる?」


 バタン! と大きな音を立てて部屋に入ってきたのはヴィクトリアである。

 シャーロットが振り返れば、ヴィクトリアは目をキラキラさせてこう言った。


「正妃様のお帰りなさい会のお茶会をするんですって!」

「……え」

「ほら、あと一時間後に中庭に集合よ! わかった!?」


 ヴィクトリアはそう言って、来たときと同じように嵐のように去って行く。

 アレックスは筋トレ用のダンベルを持ち上げながら笑った。


「ほらな。ちなみに正妃は茶会が好きで、もっと言えばマナーにうるさいからな。これで女官長とカミラ夫人に続き、小姑が一人増えたな」


 シャーロットは頭を抱えた。



「聞いてないわよ―――!」



 麗らかな春の日に、シャーロットの絶叫が響き渡った。

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