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リアクール公爵家の別邸は、本邸から馬車で十五分ほどの距離にある。
三代前のリアクール家当主が亡くなったときに、残された夫人が暮らすために建てられた。
およそ三年前より、リアクール公爵の妹でもある王妃が療養のために城から下がって移り住んでいる。
「お待たせしてしまったわね」
事前に第三妃から連絡も行っていたようで、シャーロットはリアクール家の別荘に訪れてすぐにサロンに通された。別邸と言えどさすがリアクール公爵家のサロン。年代物の気品高い家具でまとめられた部屋である。テーブルの上には、一口で食べられるサイズに小さなお菓子が並べられていた。
目の前のお菓子はとても美味しそうだったが、アレックスに腹回りのことを言われたことを思い出してしまい、手を伸ばすのが躊躇われる。一つくらいならいいだろうかと一人葛藤していたところへ、王妃がやってきた。
王妃は金色の艶やかな髪を一つに束ねて、ブライアンと同じ紫色の瞳をした品のある女性だ。アレックスの婚約者となってから会ったことはないが、かつてデビュタントとして出席したダンスパーティーで姿を見かけたことがある。あの時から変わらない美しい方だ。
王妃はじっとシャーロットの着ているドレスを見つめて、わずかに眉を寄せた。
「……知らない間に、ドレスの流行がだいぶ変わってしまったのかしら?」
そばで聞いていた侍女のヨハナは心の中で泣きそうになった。ほら見たことか! そんなダサいドレスを着るからだ。
しかしシャーロットはけろっと返した。
「ドレスの流行ですか? 残念ながらわたしはそういうことには疎くてよくわかりません」
正妃は「ああなるほど」と言わんばかりの顔で頷いた。ヨハナは心の中どころか、本当に泣きそうになった。
「事情は第三妃から聞いているわ。面倒なことになっているようね」
「はい。それで……その」
「言わなくてもわかっているわ。テオドールとヴィッキーの婚約のことを何としてほしいんでしょ?」
ヴィクトリアのことをヴィッキーと愛称呼びした正妃は、どうやらヴィクトリアとも親しいらしい。
王妃は優雅にティーカップを傾けた。
「わたくしとしても可愛い甥と義理の娘には幸せになってほしいもの。……それにしても、あの国王はほんっと役に立たないわね。ねえ、そう思わない?」
「え、ええっと……」
「遠慮しなくていいのよ。あの男は昔っからそう」
「あの、ご正妃様は陛下のことは――」
「大っ嫌いよ」
正妃は吐き捨てるように言った。
「あの男がわたくしに何をしたか教えてあげるわ! わたくしは三歳の時に陛下と婚約させられたのだけど、あの男、わたくしの結婚前に『閨の教育係』と称して堂々と愛人を抱えたばかりか、わたくしと結婚した同じ日にその女を第二妃にあげたのよ! 信じられる? 同じ日よ? わたくしとの結婚式を挙げたそのあとすぐに、あの女とも結婚式をあげたのよ。ばっかじゃないの?」
それは馬鹿と言いたくなる気持ちもわかる。もしアレックスが同じことをしたら、シャーロットだったら彼を殴りつけているところだ。
(なるほど……、第二妃との確執はこれか……)
兄が言葉を濁したのもわかる。これは言いにくい。
さらに言えば、第二妃の生んだ第一王女は二十五歳。正妃の生んだ亡くなった第一王子よりも年上だ。このあたりも腹に据えかねるものがあるのだろう。……第一王女が王子でなくてよかった。これで第二妃が第一王子を生んでいたらもっともめていたはずだ。
「わたくしとしてはあの男が困ろうとどうなろうと知ったことではないけれど、それにテオドールとヴィッキーが巻き込まれるのは嫌だわ」
「はい。でもヴィクトリア王女の場合、お相手はクレダ公国のユリオル様ですから、慎重に進めないと――」
「ああ、そこは気にしなくていいわ。多分そのあたりは、あの馬鹿よりもずっと優秀なアレックスが何とかするはずよ」
「殿下が?」
「ええ。だからわたくしたちはテオドールとヴィッキーの婚約を推し進めようとしている議会の頑固親父たちを黙らせればいいのよ」
簡単に言ってくれるが、それができれば苦労はしない。
しかし、正妃には何か考えがあるらしい。にっこりと微笑んだ。
「今回の婚約騒動にはね、うちの兄が絡んでいるのよ。わたくしの子が逝ってしまって、リアクール公爵家から次期国王を排出できなくなってしまったから、いろいろ考えた結果なのでしょうけど――、わたくし正直、権力争いには疲れたのよね。そんなものがなければあの子だって死なずにすんだのにと思うと余計にね」
第一王子の死は、第五妃による毒殺だった。第五妃が自分の子を王位につけたいがために起こした身勝手な事件。その真実を聞かされたとき、正妃は権力というものをひどく嫌悪したそうだ。そんなもので大切な息子の命を奪われたのではたまったものではない。そして同時に、もう二度と城では暮らさないと決めたらしい。
「兄のことは黙らせてあげられるわ。でも、今回それで議会を抑え込んでも、また同じような話が持ち上がらないとも限らないわね。……そうね。いい機会かもしれないわ。ちょっと準備をしてくるから、待っていてくださる?」
正妃は立ち上がると、きょとんとするシャーロットをおいて、さっさと部屋から出て行ってしまった。
しばらくして戻ってきた正妃は、落ち着いた黒のドレスに着替えていた。
「あの子が死んでから、外出するときは黒って決めているの。派手な色は、どうも着る気にはなれなくてね。さあ、行きましょうか」
シャーロットはよくわからないままに、正妃について行くことにした。
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