5

「いやあああああ―――!」


 ヨハナはシャーロットの部屋に入った瞬間、頭を抱えて悲鳴を上げた。

 シャーロットに頼まれて、馬車の手配をしに行って戻ってきた僅かの間に、いったい何が起こったのか。

 ヨハナはこの世の終わりとも言える表情を浮かべて、へなへなとその場に膝をついた。


「ど、どうして――、どうしてそんなに、もっさい格好をなさっているんですかシャーロット様!」


 そう――

 つい先ほどまでヨハナが選んだ薄ピンク色のドレスを着て、艶々の赤みがかった栗色の髪をハーフアップにして真珠のバレッタで止め、薄く化粧を施して――、どこからどう見ても自慢の姫君という格好だったシャーロット。それが、ヨハナが馬車の手配で部屋を出たわずかの間に、こんな――


「ああっ、そんな枯れた苔のような色のドレスをどこからっ、髪もどうしてほどいて、おさげ頭にしちゃったんですか! 極めつけは丸眼鏡! それ、度が入っていないのを知っているんですよっ。どうしてそんな……」


 センスがまったくないシャーロットに変わり、彼女のことをいつも可愛く可愛く整えていたヨハナにとって、目の前の「もっさい」シャーロットはまさに悪夢そのものだ。まるでアレックスと結婚する前のシャーロットに戻ってしまったかのようである。


「え、だってほら、今からご正妃様のところに行くから――」

「行くからなんですか! どうしてそうなるんですか!」

「だって今回は、こっそりお忍びで行くんでしょ? 目立たないようにしないと」

「悪目立ちもいいところです!」

「じゃあ……、眼鏡外す?」

「そう言う問題じゃございません!」


 シャーロットは首をひねった。彼女にしてみればどうしてヨハナが泣きそうになっているのかがわからない。

 ヨハナはがっくりとうなだれて、でも少し気になって訊ねてみた。


「一応お伺いいたしますが、どうしてその色のドレスを……?」

「落ち着いた色の方が目立たないでしょ? それに緑だし。春っぽいじゃない」

「……そうですか。もういいです」


 シャーロットのセンスのなさは筋金入りだ。ヨハナは諦めた。

 今からドレスを着替えさせている暇はないだろう。せめてあのダサいおさげ頭だけでもなんとかしなければ。

 ヨハナは無言でシャーロットの背後に近づくと、結んであった髪をほどいて手櫛で整えると、大ぶりの髪飾りをつけた。手抜き感満載で大いに不満ではあったが、おさげ頭よりはましだろう。


「さあ、行きましょう。あっ、眼鏡は駄目です。没収!」


 シャーロットから眼鏡を奪い取ったヨハナは、少し不満そうなシャーロットの背中をぐいぐいと押した。






 シャーロットがリアクール公爵家の別邸で療養中の正妃のもとを訪ねることになったのは、いつものことではあるが、アレックスとの喧嘩が発端だった。

 ブライアンが帰ったあと、シャーロットはアレックスに、テオドールとヴィクトリアの婚約をどうやって阻止するつもりなのかと訊ねた。アレックスの婚約者であるシャーロットにしてみれば、自分は今回のことに無関係ではなく、当然教えてくれるものだと思ったのだが。


 ――お前はおとなしくしていろ。お前が関わるとろくなことにならないような気がする。


 アレックスはそう言い――、そしてこれがシャーロットを怒らせた。

 あとはいつもの通り口喧嘩に発展し、怒ったシャーロットは第三妃のもとに愚痴りに行ったのである。

 愚痴るついでにヴィクトリアとユリオルのことやテオドールとリリアのことも喋ってしまって、それを聞いた第三妃が、にっこりと微笑んでこう言った。


「あらあらそう。じゃあ、殿方のことは殿方に任せて、わたくしたち女は、女同士悪だくみといきましょうか」


 ふふふ、とまるで少女のように笑った第三妃は、すぐに正妃に手紙を書きはじめた。どうやら第三妃と正妃は仲がいいらしい。


「あの方、心を病んで療養中なんて言っているけれど、実は何ともないのよ? 第一王子殿下が亡くなられて気落ちされていたのは確かだけれど、城に戻ってこないのは、単に陛下にお会いしたくないだけなのよねぇ。ご正妃様、陛下のことが嫌いだから」


 とんでもない情報をさらりと言って、第三妃は書き終わった手紙をシャーロットに差し出した。


「本当はわたくしが行きたいところだけど、ヴィクトリアの件があるから、わたくしが行くと目立ってしまうのよね。シャーロットさん、かわりに行ってきてくれる? 正妃様に、わたくしに教えてくれたことを全部お話するといいわ。たぶん、力になってくれるはずだから」


 第三妃はまるでいたずらっ子のように、お茶目にウインクして見せた。

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