16

 シャーロットのもとに来訪があったのは、彼女が地下牢に閉じ込められてから五日がすぎたころだった。


 そのころにはシャーロットは心身ともに疲弊して、毎日うずくまってすごしていた。


 日差しの入らない地下牢では、時間の感覚が麻痺してくる。


 食事は喉を通らなくなり、シャーロットは五日ですっかり痩せてしまった。


「あらあら、無様ねシャーロット」


 誰も来ないはずの地下牢に知った声が響いて、シャーロットはのろのろと顔を上げた。


 そこにはマルゴットとボルス侯爵令嬢が立っていた。


「あなたは少し席をはずしていてくださる?」


 ボルス侯爵令嬢がそう告げると、衛兵は一礼してその場から下がった。まるでこの城の主のようにふるまうボルス侯爵令嬢は、事実、第五妃の姪として権力をほしいままにしているのかもしれない。


 面会謝絶であるシャーロットのもとにこられたのも、彼女だからだろう。


 けれども、そのボルス侯爵令嬢とマルゴットがどうして一緒にいるのか、シャーロットには甚だ疑問だった。


 ぼんやりと顔を上げたシャーロットに、マルゴットはくすくすと笑う。


「あんたはそうやってダサい格好で牢に入れられているのがお似合いよ。どんなに着飾ったところでもとが悪いんだもの、無駄な努力なのよ」


「ふふ、殿下に優しくされて身の程知らずにも勘違いしてしまったのよね」


 ボルス侯爵令嬢が扇で口元を隠しながら牢の格子に近づく。


「あんたも、人のものを取らなければこんなことにはならなかったのよ」


「人のもの……?」


 シャーロットが首をひねると、マルゴットが笑みを引っ込めて睨みつけてきた。


「とぼける気? あんたとレドモンドのこと、知らないと思った? レドモンドはわたしの婚約者なのよ! 人の婚約者に手を出すなんて、何を考えているの!?」


 シャーロットは言葉を失った。


 レドモンドに手を出した? シャーロットはそんなことはしていないし、もっと言えば、人の婚約者に手を出したのはマルゴットのほうだ。彼女の言うことは事実無根だが、彼女にシャーロットを罵る権利はない。


 シャーロットの中に怒りともあきれとも取れないもやもやとした感情が渦巻いていく。


 唖然としていると、今度はボルス侯爵令嬢が口を開いた。


「あなたって本当に愚かなのね。わたくしは忠告したはずだけど、お馬鹿さんな頭でもわかりやすいようにもう一度教えてあげるわ。アレックス殿下はわたくしの婚約者になるかたなの。あなたなんかが近くにいて言い方ではないのよ。それなのに何を勘違いしたのか……いつまでもいなくならないから、あなたはすべてを失うことになったのよ」


 鉄格子に軽く指先を触れて、ボルス侯爵令嬢が微笑む。


 その瞬間、シャーロットの中ですべてがつながった気がした。


「……あのお茶は、あなたが?」


「あら、わたくしではないわよ」


 ボルス侯爵令嬢が微笑んだままマルゴットを見やる。


(……そういうこと)


 シャーロットもバカではない。この二人はいつからか通じていて、二人でシャーロットを貶めようとしていたのだ。お茶が誰からかなんて関係ない。彼女たちがシャーロットの手に渡るようにした。それだけだ。


「わざわざ届けてやったのに、あんたが飲まないから、仕方ないから作戦をちょっと変えたのよ。あんたのせいで、かわいそうに、殿下は苦しむ羽目になったんだわ」


「ふざけないで! そのせいで、アレックス殿下に何かあったら……、取り返しのつかないことになったらどうするつもりだったの!?」


「あら、大丈夫よ。死ぬような毒じゃないって叔母様が……」


 ボルス侯爵令嬢がハッとしたように口を閉ざしたが、シャーロットは聞き逃さなかった。


(叔母様……、まさか、第五妃?)


 目を見開いたシャーロットに、ボルス侯爵令嬢は慌てたように踵を返した。


「とにかく、あなたが悪いのよ。そうそう、アレックス殿下に毒を持ったあなたは、近く死罪になるそうよ。はじめからわたくしの言うことを聞いていれば死ななくてすんだのにね」


「ふふ、さようならシャーロット。思えばあんたは昔から目障りだったのよ。ぶさいくで趣味も悪いくせに、みんなあんたばっかり注目して。でもそれももう終りね。安心して、あんたが斬首刑に処されるときには見守りに行ってあげるわ。だってわたしたち、親友ですもの」


 マルゴットもボルス侯爵令嬢の後を追って身を翻す。


 シャーロットはこぶしを握り締めて、怒り任せに怒鳴りつけてやろうと口を開いた。けれども、声を発する前に、突然現れた姿に息を呑む。


 それは、ボルス侯爵令嬢とマルゴットも同様だった。


「証拠を集める必要もなかったな。自分からぼろを出しに来るなんてお粗末すぎる」


 牢の入り口で腕を組んで立っていたのは、アレックスだった。

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