17
アレックスはシャーロットが知るどの彼よりもひどく冷たい印象だった。彼はボルス侯爵令嬢とマルゴットを一瞥し、それからシャーロットに視線を移した。
「待たせたな。悪かった」
ふっと柔らかく細められた双眸に、シャーロットは全身の力が抜けていくのを感じた。
ああーー、アレックスはシャーロットを信じてくれているのだ。
そう思うと、不安も絶望もすべてが解けて消えていく。
「殿下、わたくしではございませんわ!」
表情を凍り付かせたボルス侯爵令嬢は、けれども次の瞬間、目じりに涙を浮かべると、アレックスに駆け寄って抱きついた。
「ここにいるマルゴット嬢がすべてなさったことですわ! わたくし、怖い……! どうかわたくしを助けてーー」
「なーー! ふざけないで! あんたがシャーロットに復讐できるってーー」
「まあっ、わたくしに罪を擦り付けようなんて、恐ろしい方!」
「なんですって!?」
「うるさい」
アレックスは冷ややかに告げると、ボルス侯爵令嬢を突き飛ばした。彼女はよろめき、その場に膝をついて茫然とアレックスを見上げる。
「捕らえろ」
アレックスが短く命じると、なだれ込んできた衛兵がボルス侯爵令嬢とマルゴットを抑えつけた。
悲鳴を上げながら二人が捕らえられていくと、アレックスが衛兵から鍵の束を受け取ってシャーロットの牢の鍵を開けてくれた。
軋み音を上げて鉄格子が開くと、シャーロットはアレックスに手を引かれてよろよろと牢から出る。
ずっと座りっぱなしだったせいか、立ち上がると膝が震えた。
牢から出て、よろけたところをアレックスが抱きとめる。そのまま、ぎゅっと抱きしめられた。
「……痩せたな」
見た目はそれほどではなくても、日々鍛えているアレックスの体はがっちりしている。
地下牢は寒くて、その寒さが心まで凍らせるようだったからか、温かい彼の腕の中はひどく安心してーー、ぽろりと、涙がこぼれた。
「すぐに助けに来られなくて悪かった」
アレックスの腕の力が強くなる。
腕をまわしてしがみついて、シャーロットは涙が枯れるまで泣き続けた。
アレックスに毒入りのお茶を用意したのは、シャーロットに差出人不明の箱を届けたあのメイドだった。
彼女はボルス侯爵令嬢に脅されていただけで、捕らえて尋問するとすぐに白状した。
そのメイドに毒入りの茶を渡したのはマルゴットだった。彼女はレドモンドがシャーロットと寄りを戻したがっていることを知り、嫉妬で怒り狂っていた。そこをボルス侯爵令嬢に利用されたのだ。
けれども、そのボルス侯爵令嬢も、裏で操られていたにすぎず、すべてはーー
「……つまり、すべて第五妃の思惑だったってこと?」
アレックスからことの顛末を聞かされたシャーロットは目を見開いた。
牢から出たあとで、シャーロットは睡眠不足と栄養失調で意識を失ってしまって、そのまま熱を出して二日寝込む羽目になった。
その間に、アレックスの手によって、すべてが片づけられていたのである。
「ああ。もともと怪しいなとは思っていたんだ。だがなかなか証拠がつかめなくてな」
なかなか尻尾をつかませない第五妃にいらだっていた時にシャーロットが現れたらしい。彼女の周りで過激な行動をとるボルス侯爵令嬢を見た時は、シャーロットを家に帰そうとも考えたそうだ。けれども結果シャーロットは帰らず、幸か不幸か、より過激な行動をとりはじめたボルス侯爵令嬢から足がついた。
「いつから怪しんでいたの?」
「兄がーー、第二王子が、死んだ時だ。兄の死は不審すぎたからな」
「ちょっと待って。じゃあ第二王子殿下もーー」
「犯人は第五妃だ。もっと言えば、第一王子もだな。全て調べはついている」
シャーロットは瞠目した。あまりの衝撃に体が震えてくる。
シャーロットの体調はだいぶよくなったが、アレックスに起き上がるなと言われてベッドに横になったまま話を聞いていた。
布団をかぶっているし、部屋は暖炉で温められているのに、どうしてか寒気がする。
震えはじめたシャーロットを見て、アレックスが手を握ってくれた。
「どうして……」
「目障りだったんだ。この先第五妃が王子を生んだとしても、上に王子たちがいる限りその子供は王位にはつけない。それならばーーとな」
「でも、第五妃にはまだ王子はいないじゃない」
「そんなこと、権力に目のくらんだ人間には関係ない」
「バカげてるわ」
「ああ。だが、それが王家だ」
過去に何度も命を狙われたことがあるというアレックスが薄く笑う。
シャーロットには信じがたいことでも、命を狙われ続けたアレックスにとっては何ら不思議でもない結末だったのかもしれない。
第五妃は身重のため、部屋に見張りがつけられて監視下に置かれているだけだそうだ。
国王は今回の事件に心を痛めてふさぎ込んでしまったらしい。
「何人もの妃を娶り、その妃たちを管理しきれなかった父上も悪い」
アレックスはそんな父親に、冷たかった。
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