14
不思議と、ボルス侯爵令嬢からの嫌がらせは城で開かれたダンスパーティーの少し前からぴたりとやんでいた。
そもそもどうして嫌がらせを受けていたのかはわからなかったが、おそらくシャーロットがやり返さないから飽きたのだろう。
レドモンドからの手紙は相変わらず届いているが、これもずっと無視し続ければ飽きて止まるだろうか?
アレックスと書庫で過ごしたあと、シャーロットが自室に戻ると、メイドの一人が小さな荷物を持ってきた。
「どなたからですか?」
かわいらしいラッピングが施された小さな箱には何も書かれておらず、手紙も添えられていない。
「わたくしは同僚から渡していただくように言付かっただけですので……」
「そうですか」
シャーロットは首をひねりながらも、城のチェックを通って届けられたものだから、しかるべきところからの届け物だろうと受け取った。
箱を開けると、中には茶葉の入った袋が入っていた。袋の封を開けなくても、甘い香りがふんわりと漂ってくる。けれども箱の中にも差出人のメッセージカードのようなものはなく、シャーロットはしばらくそれを見つめたのちに、箱を閉めなおして棚に収めた。
誰からの届け物かわかるまでは、手を出さずにおこうと考えたのである。
(変なものじゃなさそうだけど、もしも届け先間違いだったらまずいし)
シャーロットのもとに茶葉が届けられる予定はない。プレゼントなら少なくとも届け人の名前が書いてあるか、手紙化メッセージカードが同封されているはずだ。
もし間違えて届けられたのならば、シャーロットが飲んでしまうと、先ほど荷物を届けたメイドが怒られてしまうかもしれない。
本当にシャーロット宛てであればそのうち誰からのものだったか報告がくるかもしれないし、間違えであっても連絡が来るはずだ。
シャーロットはそう思っていたのだが、数日たっても何の連絡も来なかった。
「それで、尻尾はつかめそうなのか?」
アレックスが問うと、報告にやってきたルミオンは口端を持ち上げた。
「ああ。不幸中の幸いなのか、お前の教育係のパメーラ伯爵令嬢のおかげでわかりそうだ」
「……シャーロットを危険に巻き込むなよ」
「わかっているさ。お前のお気に入りを危ないことには巻き込まない」
にやにやと笑われて、アレックスはむっと眉を寄せる。
「別にお気に入りなんかじゃ……」
「ないって? お前が女をそばに置いたのなんて、あれ以来はじめてだぞ」
「あれと一緒にするな。シャーロットは違う」
「ほら。それがお気に入りだっていうんだ」
アレックスは口をへの字に曲げて押し黙った。
ルミオンの言う「あれ」は、アレックスが十三歳の時にそばにいた侍女のことだ。アレックスよりも四つ年上の彼女は、男爵令嬢だった。彼女は美しく聡明で、何より優しかった。アレックスは当時からバカのふりを続けていたが、彼女には素の自分を見せていた。幼かったアレックスは、そんな彼女にうつつを抜かして、いずれ婚約を申し込むつもりでいた。彼女もアレックスのことが好きだと言っていたし、それは必然的なことであると思っていた。
けれどもその幸せは、彼女の裏切りをもって崩れ去る。
寒い冬の日のことだった。
アレックスは午後のティータイムに、彼女が買ってきた体が温まるというジンジャーフレーバーの紅茶を用意した。湯気に乗って香る刺激的な香りは、確かに体が温まりそうな気がする。
その日、彼女は実家に帰ると言って、朝から姿を見せなかったが、彼女が買ってきた茶を飲めば、彼女がいないさみしさもまぎれるかもしれないと思ったーーのに。
ジンジャーの香りのする茶を口に含んだアレックスは、すぐに違和感に気がついた。
(……毒だ)
幼いころから何度も毒を盛られたことのある彼は、薬物にはひどく敏感だった。
彼は口に含んだ茶を吐き出し、焼けるような喉を抑えながら部屋の扉の前にいる兵士にすぐに侍医を呼んで来いと叫んだ。
毒にすぐに気が付いてほとんど喉を通っていなかったため、アレックスの体には大事はなかったが、調べたところ彼女の用意した茶葉に毒が仕込まれていたと判明して、目の前が真っ暗になった。
アレックスがそのショックから立ち直るにはしばらくかかり、彼は若い女を遠ざけるようになった。
「シャーロットは違う」
アレックスは繰り返した。
シャーロットはあの女とはーーほかの女とはどこか違う。
そもそもあんな色気もへったくれもない妙な格好でアレックスのそばに来る女はいないし、アレックスを木の棒で殴りつける女など前代未聞だ。口を開けば本のことばかりで、彼に媚びるようなこともない。アレックスは最初、ただ妙な女だと思っていた。それがいつしか目の離せない存在になっていたが、この心の変化に戸惑いは覚えなかった。
シャーロットのことを気に入っている。
確かにそうだ。
でも、それを認めるのは少々癪だった。
なぜならシャーロットは、おそらくアレックスのことは意識していない。国王にやとわれてきただけで、アレックスが好きだからそばにいるわけではない。
そう思うと面白くなくて、いつかあの口に「好き」と言わせてみたかった。
アレックスはふんと鼻を鳴らして、ティーカップを手に取った。
すっかり冷めてしまっているが、甘い香りのするお茶だった。どうやら新しい茶葉らしい。
アレックスはティーカップに口をつけてーー、そして、次の瞬間、口に入れたものを吐き出してティーカップを床にたたきつけた。
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