13

 この人はバカではないわーー


 シャーロットの中にあった疑問が確信に変わったのは、木枯らしの吹く冬のはじまりのころだった。


 シャーロットがアレックスの教育係としてやってきて二か月と少し。


 最初はシャーロットが無作為に本を選んで渡していたが、疑問を持ってからは、きちんと王族の教育係を務めている権威ある人に相談して、必要な本を選定してもらっていた。


 シャーロットも、その本を読み理解するのには時間がかかる、難しい本だ。


 けれどもアレックスは、まるで絵本を読むかのようにすらすらとそれらの本を読み進めた。


 もはや、これが確信でなければなんだというのだ。


「どうしてバカのふりをするの?」


 書庫から帰って、アレックスの部屋で彼の侍女が用意したお茶とお菓子を食べながら、シャーロットは唐突に訊ねた。


 アレックスは「筋肉の敵」だと言って、お菓子には手を付けずに、無糖のミルクティーを飲んでいる。


 シャーロットの問いにアレックスは目を丸くして、ーーついと視線をそらした。


「本当は、教育係なんて必要ないくせに」


 シャーロットが言葉を重ねると、アレックスは盛大にため息をついた。


「……乳母が賢い女だからな、勉強は彼女に見てもらっていた」


「じゃあどうしてそれを言わないの?」


「バカだと思われていたほうがいろいろと都合がいいからだ」


「……なにそれ」


 シャーロットは眉を寄せた。


 木枯らしに巻き上げられた落ち葉が、ぱさぱさと窓に当たって落ちている。


 パチリと暖炉の薪が爆ぜ、湯を沸かすためにその上にぶら下げられていた鍋からお湯が吹きこぼれでジュっと音を立てた。


 アレックスは部屋の中にシャーロット以外の誰もいないのを確かめるように視線を這わせて、それから口を開いた。


「城っつーのは魔の巣窟なんだ。食事や飲み物に毒を盛られたのは一度や二度じゃない。こいつはバカで、王位を狙う頭なんてないって思わせてなきゃ、それこそ命がいくつあっても足りやしねぇよ」


「つまり、命を守るためにバカを演じていたの?」


「俺だけならまだいいけどな。母さんまで狙われりゃ、そうでもしないと相手もあきらめねぇだろ」


「……相手?」


 まるでアレックスの命を狙おうとしている犯人がわかっているような口ぶりだ。


 アレックスは苦笑して、「まあそういうことだ」と話を締めくくった。


 シャーロットはまだ納得いかなかったが、アレックスがこれ以上話したくなさそうだったので追求しなかった。


 同時に、命を狙われるからバカのふりをしているというアレックスが、シャーロットに対してその態度を変えたのならば、少なくともシャーロットはアレックスの敵ではないと認識されたのだと嬉しかった。


「俺のことよりも、お前のほうこそ大丈夫なのか?」


「そうね……」


 シャーロットはわずかに眉を寄せた。


 アレックスが心配しているのは、レドモンドのことだった。


 ダンスパーティーの日以降、レドモンドが頻繁に手紙を送ってくるようになったのだ。封を切ると、そこにはシャーロットに復縁を迫るような内容がつらつらと書かれていた。


 シャーロットは驚いて、二通目以降の手紙は封を切らずに処分していたのだが、いつまでたっても彼女から返信が得られないことに業を煮やしたレドモンドは、ついには城にまで訪ねてくるようになった。


 もっとも、それはアレックスが追い払ってくれているので、シャーロットが直接レドモンドと会うことはないのだが、あまり気分のいいものではない。


「何かあったら言えよ」


「うん」


 レドモンドはもしかしたらマルゴットとうまくいっていないのだろうか。


 けれども、シャーロットにはもはや関係のないことだ。できることならあの二人には一生かかわりたくない。元婚約者と親友の裏切りを笑って許せるほど、シャーロットはお人よしではないのだ。


 アレックスがバカのふりをしていたとわかった今、シャーロットが彼に教えることは何もない。けれども、彼は出て行けとは言わなかった。


(まだ、ここにいていいのよね……)


 どうしてか、ほっとしている自分がいる。


 これがこの城に来たばかりの自分ならば、さっさと報酬を受け取って自宅へ帰っていただろう。


 シャーロットはティーカップの中に映る自分の顔を見つめて、まだ城にいたいと思っている自分の感情について考えた。

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