10
半月後ーー
第五妃の懐妊の祝いのダンスパーティーは城の大ホールで開かれた。
大半の貴族が出席するパーティーは盛大で、かつ華やかだ。
第五妃は身重のため、最初だけ顔を出してすぐに退出した。
第二王子が逝去してからというもの、城には暗く重たい空気が漂っていたが、約七か月ぶりの明るいニュースにみな、ほっとした様子で国王に祝福を述べていた。
そんな中、ダンスホールではひそかに別の話題で盛り上がっていた。
城でダンスパーティーが開かれても滅多に顔を出さない第三王子アレックスが、一人の令嬢を伴って姿を現したからである。
第二王子が逝去したことで、今やだれもがアレックスの動向に注目していたが、彼はなかなか公の場に姿を見せなかった。
その彼が、女性を伴って姿を現したのだ。
その女性は、赤みがかったブラウンの髪をした美人だった。
すらりとした体にライラック色のドレスを身にまとい、アレックスの手を取って軽やかなステップでワルツを踊る女性は、瞬く間に注目の的となった。
あれは誰だーー
皆がひそひそとささやきあう中で、一組の男女が茫然と目を見開く。
「シャーロット……?」
二人同時につぶやいたその声は、ともに驚愕の色を含んでいたが、微妙に音が異なっていた。
シャーロットは不思議な気分だった。
身にまとっている、まるでバラの花のように何枚もの布が重ねられたシフォンのドレスは肩が大きく出ている身に着けたことがないようなデザインであるし、いつも二つに結んでいる髪をほどいて、コテで巻き、髪飾りを使ってゆるくまとめられた髪型もはじめてだ。
これらはすべてアレックスと彼が手配した女性によって用意されたものだった。
理由は、ダンスパーティーの一週間前にさかのぼる。
パーティー準備はできているのかとアレックスに訊ねられて、シャーロットが見せたドレスがすべての原因だった。
アレックスはシャーロットが見せたえんじ色の時代遅れのデザインのドレスを見て眉を寄せた。そして、彼の乳母らしい女性を呼びつけてシャーロットの身の回りの準備をさせたのだ。
シャーロットにはそのドレスの何が悪いのかがわからなかった。なぜならそのドレスは、マルゴットが今のはやりのデザインだと言っていたからだ。
今のドレスの流行は、四十年前に流行したデザインだという。だから祖母に頼んでドレスを借りて仕立て屋で同じようなデザインに仕立ててもらったのに何がだめなのだろう。
するとアレックスは盛大にため息をついて一言「バカ」と言った。人に「バカ」と言われたことのないシャーロットはむっとしたが、彼が連れてきた乳母にもあきれたような顔をされたので何も言えなかった。
シャーロットはどうやら、何かを間違えてしまったらしい。
そしてシャーロットは、ことおしゃれについては「センスなし」のレッテルを張られて、あれよあれよという間にアレックスの乳母の手によって今の格好にさせられたのである。
しかし、だ。
(なんだかさっきから、みんなにじろじろ見られている気がするわ)
そしてワルツを終えてホールの隅のほうまでアレックスと移動すれば、たくさんの人に囲まれるのだ。
これはいったい何事だろう。
自分の格好が変なのではないかと心配になるが、アレックスは愉快そうに笑うだけで何も言わない。
しばらくして、アレックスは国王に呼ばれてしまい、シャーロットを彼の友人だという男性に預けて離れていった。
アレックスが離れていくと、シャーロットはとうとう我慢できなくなって、彼の友人だというルミオンに訊ねた。
「あの、わたしの格好、変じゃないですか?」
「変? とてもかわいらしいですよ」
かわいいと言われて、かあっとシャーロットの頬に朱が走る。
かわいいなんて言われ慣れないからものすごく照れる。けれども、どうやら変な格好なわけではないらしい。
ほっとしつつ、ルミオンとともに壁際で話し込んでいると、ふと見知った顔を見つけてぎくりとした。
レドモンドとマルゴットだ。
二人は少し離れたところからじっとこちらを見つめている。
苦い記憶が胸裏によみがえって、シャーロットは視線を落とした。
風の噂によれば、あの二人は婚約したらしい。
「どうされましたか?」
ルミオンに訊ねられて、シャーロットは首を横に振ったが、彼は離れたところにいるレドモンドたちを見つけて「ああ」とうなずいた。
「あの二人に招待状が送られていたのは驚きですね」
「……え?」
ルミオンは薄く笑うと、シャーロットを二人の視線からかばうように一歩前に出た。
「知らないんですか? あの二人は社交界の笑いものですよ」
シャーロットはぱちくりと目をしばたたいた。あの二人が笑いもの?
「それはどうして……」
もう関わり合いになりたくないと思っていても気になってしまって、シャーロットが訪ねかけた時、アレックスが戻ってきてシャーロットの腰に手をまわした。
「もう一曲踊るぞ」
「は?」
戻っくるなり強引にダンスホールに連れ出されて、シャーロットは目を白黒させる。
「もう、なんなの?」
小声で文句を言いながらアレックスの手を取ったシャーロットは、レドモンドたちの視線のことなど、すっかり忘れてしまったのだった。
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