9

 あの日、どうしてアレックスが出て行けと言ったのかはわからないが、あの夜以降、シャーロットは普段通りアレックスの教育係として城で生活していた。


 いや、普段通りーー、ではないかもしれない。


 アレックスはあの日以来少し変だった。


 まず、シャーロットの部屋が移動された。


 もともとアレックスの部屋から近いところの部屋を使用していたが、なぜかその部屋が彼の部屋の隣に移動されて、毎食の食事まで一緒に取ることになった。


 次に、例えば書庫や中庭など、シャーロットがどこかに行くときは必ずアレックスがついてくるようになった。シャーロットの行動はどうやら彼女つきのメイドを通してアレックスに報告されているようで、部屋から出ようものならすぐにアレックスが追いかけてくるのである。


 最後にーー


 シャーロット的には実はこれが一番不思議なのだが、アレックスが真面目に本を読むようになった。


 アレックスがシャーロットについて書庫に来るので、いつの間にか二人して書庫で過ごすことが多くなり、アレックスはシャーロットが薦める本を開くようになったのだ。


 そんな日々が数日続き、シャーロットはある疑問を持つようになった。


 この筋肉バカ王子は、本当にただのバカ王子なのだろうか、と。


 シャーロットが試しに渡した本の中には、例えば異国の言葉で書かれているものや、専門の知識がないと内容が理解できないものなどもあったのだが、アレックスは眉一つ動かさずに、ただ静かに本を読み進めるのだ。


 最初は読んでいるふりをしているのかと思った。


 だっておかしいだろう。


 読めないだの、内容わからないだの、何かしら反応があるだろうと思って試しに渡してみた本なのだ。ちょっと意地悪かもしれないと思ったが、難しい本を渡してわからないところを上げてくれたほうが、シャーロットとしてもアレックスの知識レベルをはかりやすい。


 せっかく本を読む気になったようなのだ、この機会を逃すべきかと難しい本を選んで渡してみたのに、何も言ってこないのは不自然だ。


 そこでシャーロットは、試しに本に書いてある内容について質問してみた。


 読んだふりをしているのならば、質問に答えられるはずもない。


 アレックスが困った顔をしたら、真面目に本を読んでいなかったことを責めてやろうとも思った。


 けれども、シャーロットの予想に反してアレックスはどの質問にも平然と答えを返してきた。


 つまりは、少なくとも彼はシャーロットが渡した本を読めて理解できているということになる。


 すると今度はシャーロットに新たな疑問がわいてきた。


 国王はアレックスがろくに学ぼうとしない王子だと言った。教育係を追い返すとも。けれども今まで学んでこなかった人間に、シャーロットの渡した本が理解できるはずはない。


(……この人、ちゃんと学んでいる?)


 必要最低限ーーいや、それ以上の知識が彼の中にあるのは確かだ。ならばどうして、彼は筋肉バカ王子という評価を甘んじて受けているのだろうか。そんなもの、いつでも否定できるはずなのに。


(変な人)


 疑問はいつしか大きな興味に変わり、シャーロットはアレックスの行動をつぶさに観察するようになった。


 シャーロットがアレックスにダンスパーティーに誘われたのは、そんなある日のことだった。






「ダンスパーティー?」


 書庫で本を読んでいた時、アレックスが唐突に「今度ダンスパーティーがある」と切り出してきて、シャーロットは彼の言いたいことが理解できずに首をひねった。


 ダンスパーティーがあるからなんだというのだろう。


 アレックスは本を閉じて、にやにや笑いながら頬杖をついた。


「城で開催されるから俺も出席する必要があるが、一人でいると女が寄ってきてうるさい。お前、俺のパートナーとして一緒に出席しろ」


「はあ?」


「どのみち、一定階級以上の貴族には全員招待状が送られている。お前の家にも届いているはずだ。どうせお前、パートナーになってくれるような男はいないだろう?」


 シャーロットはむっとした。


 確かに婚約は解消されたから、パートナー必須のダンスパーティーに出席するのならば父か兄と一緒に行くことになる。


「だから俺のパートナーにしてやる」


「……拒否権は?」


「ない」


 横暴だ。シャーロットはそう思ったが、一定階級以上の貴族に招待状が送られている王家主催のパーティーをおいそれと欠席するわけにもいかない。


「……いったい何のパーティーなの?」


 シーズンの間、王家が主催するパーティーは何度かあるが、「一定階級以上の貴族全員」に招待状が送られるという大規模のパーティーは珍しい。


 アレックスはつまらなそうに答えた。


「懐妊祝いだ。第五妃のな」


「え?」


「まだ内緒にしているからほかには言うなよ」


「そんな重要なことをしれっと言わないで!」


「まあとにかく、そんなわけでパーティーがある。お前は俺のパートナーだ。いいな?」


 シャーロットはまだ納得がいかなかったが、どれほど拒否したところで無駄なのだろうなと、小さくため息を吐いた。

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