5

 例によって凝りもせずにやってきたシャーロットを見た瞬間、アレックスは眉を寄せた。


 シャーロットは父が用意した教育係らしいが、アレックスは彼女から何かを学ぶつもりはなかったし、そもそも王位を継ぐための勉強をするつもりはない。


 アレックスは彼女がやってきたその日に、今まで与えられた教師たちにしたのと同じように、辛辣な言葉を浴びせかけて、その後は一切その存在を無視した。


 けれども彼女は泣いて逃げ帰るどころか、毎日毎日やってきてはアレックスに本を差し出すのである。


 さらには、とうとう実力行使とばかりに木の棒で殴りつけてくる始末だ。


(まったくろくでもない女だ)


 けれどもアレックスは父王の思惑通り「学ぶ」つもりはない。


 シャーロットを追い払うのは難しそうだが、いつまでも成果が得られなければ父王のほうがあきらめるだろう。


 今までもそうであったように。


 アレックスはそう考えて、シャーロットのことは放っておくことにした。


 ここ数日は、木の棒で殴りつけてくる彼女の様子を面白く感じているくらいに余裕があったが、今日はどうやら彼女の様子がおかしい。


「……その頭はどうした」


 アレックスははじめて、自分からシャーロットに話しかけた。


 シャーロットはドレスと宝石とおしゃれにしか興味のない貴族令嬢たちには珍しく、常に髪を二つに分けて三つ編みにしている。


 けれども今日の彼女は、髪を結ばずに下ろしていた。ゆるく波打っているのは、直前まで三つ編みにしていたせいだろうか?


 そして、それよりも気になるのは、彼女の髪がまるで風呂上がりのように湿っていることである。


 シャーロットはそっと自分の頭に触れて、肩をすくめた。


「ちょっと手違いで水をかぶったの」


「……手違いで水をかぶるってなんだ?」


 どうしたら「手違い」で「水をかぶる」状況になるのかアレックスにはさっぱりわからなかった。


 だがシャーロットはそれ以上語ろうとはせず、アレックスの目の前に六冊の絵本を並べはじめ、彼はますます怪訝そうに眉を寄せた。


「……これは?」


「絵本よ」


「そんなもの、見ればわかる」


「絵本なら、読む気になるかと思って」


 アレックスは一瞬、バカにされているのかと思ったが、シャーロットの顔は至極真面目そのものだった。


(この女、絶対変わっているよな?)


 それはシャーロットがアレックスの前に現れた初日にはすでに感じていたことだが、彼はあらためてそう感じざるを得なかった。


「この絵本、とっても面白いのよ! わたし、今でも読むもの」


「……初代国王、カイザー一世の冒険譚だろう?」


「そう! 知っていたの?」


「………」


 アレックスはその問いには答えなかった。だが、絵本は幼いころに乳母がよく読み聞かせてくれていたので、彼はほとんどの絵本を暗唱できるほどには覚えていたのである。そんなこと、シャーロットには教えてはやらないが。


(どうしてこの女はこんなに必死なんだろうか?)


 まさかアレックスに本を読ませるために絵本まで持ち出してくるとは思わなかった。


(しょうがないな、今回は折れてやろうか)


 アレックスはあきらめて、シャーロットと並んで座るとカイザー一世の冒険譚を手に取った。


 隣のシャーロットが、きらきらとした瞳でいかにこの絵本が面白いかを語っている。


 変な女だが、シャーロットはこうして見るとなかなかに美人だ。


 いつも髪を結んでやぼったい恰好ばかりをしているが、着飾って化粧をほどこせば、相当な美人になるだろう。


 それだけに、どうしてこんな奇妙な格好をしているのか気になるところだが、女に深入りするつもりのないアレックスは問いただしたりはしなかった。


(しかし、どうして髪が濡れているんだ?)


 城で生活をしていてうっかり水をかぶるような事件に巻き込まれることはまずない。


 懐かしい絵本のページをめくるアレックスは、しかしながら、その絵本とは別のことを考えていた。

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