3
シャーロットには野望があった。
婚約者であったレドモンドから婚約を解消されて、その浮気相手が親友のマルゴットであるとわかったあとで抱いた野望だ。
領地で落ち込むだけ落ち込んだシャーロットの脳に、天啓ともいえるある考えがひらめいたのである。
そうーー
誰とも結婚なんてせずに、田舎に小さな家を買って、小さな畑を耕しながら毎日読書三昧の日々を送ろう。これである。
そうすれば外見について陰口をたたかれることもなければ、婚約者や親友の裏切りに傷つくこともない。独立すればいずれ家を継ぐ兄に迷惑をかけることもない。そして何より、大好きな本を好きなだけ読むことができる。
この考えを思いついたとき、シャーロットは自信が天才だと思った。
こんなことを思いつくからシャーロットは「変わり者」と呼ばれるのだが、本人にはこの考えが神の啓示のごとく素晴らしいものに感じられたのだ。
シャーロットはすぐさま父と母にこの考えを伝えた。
ところが、彼女の両親は賛成するどころか目を剥いて反対してきたのである。
普通に考えば貴族令嬢が田舎で田畑を耕してのんびり暮らすなどという常軌を逸した考えに、親が賛成するはずがないのだが、シャーロットとしては大いに不満であった。
何とかして両親を頷かせようと考えたが、話を聞きつけた兄にまで怒られてしまい、さらにはよからぬ考えを起こさせないようにとお金も自由にできなくなった。
反対されるのならば日々のお小遣いをコツコツ貯めようと考えていたシャーロットにとって、お小遣いを大幅に減額されたのは痛かった。けれども、領地で本を読んでいるだけの毎日に小遣いなど必要ないだろうと言われてしまえばそれまでだ。
シャーロットは落ち込んだが、決して野望をあきらめたわけではなかった。
何とかして収入を得ることはできないだろうかと考えていたのだ。
そんなとき、国王からの謝礼の金貨三百枚は降ってわいた話だったといえる。
これだけあれば小さな家も本も好きなだけ買えて、田舎暮らしであれば一生食うに困らないはずだ。
シャーロットの中では、一瞬にして「アレックスの教育係」という正直乗り気でなかった国王からの打診が、黄金色に輝く非常に魅力的なものに変わったのである。
シャーロットは二つ返事で了承して、一週間後から城に住み込みでアレックスの教育係を務めることになった。
まさか、噂に聞く筋肉バカ王子があれほど腹立たしい存在だったなんて、この時は微塵にも思わなかったのである。
後悔先に立たず。
よく聞くことわざだが、まさか自分自身に降りかかってくることになるとはシャーロットは思わなかった。
(あのときの自分を呪ってやりたいわ)
シャーロットは王子の部屋に入るなり肩を落とした。
シャーロットの部屋は王子の部屋からほど近く、また、国王によって「自由に出入りオッケー!」という許可が下りている。
そのほか、アレックスに対して、たたいても殴っても蹴っても咎はなし。どんな口をきいても問題ない。不敬罪という言葉はアレックスに対しては不問。などというある意味破格の待遇である。
国王がそこまで言う王子はいったいどんな男だと思ったが、シャーロットはここにき一週間と少し、アレックスという男がだんだんわかってきた。
まず、口が悪い。
人の話を聞かない。
態度がでかい。
暇さえあれば筋トレをしている。
無駄に脱ぎたがる。
勉強嫌い。
そして、女が嫌い。
シャーロットが本を持ってアレックスの部屋を訪れた時、彼は例によって上半身裸で一心不乱に腕立て伏せをしていた。
これだけ毎日筋トレしていれば筋肉ムキムキのマッチョな暑苦しい体になりそうなものだと思うが、彼はあまり大きな筋肉が育たないタイプらしい。
腹筋は見事に割れていて、全身が引き締まっているが、それは騎士のように無駄な肉のない体系というかーー、彼が目指すところの「筋肉美」とは程遠い。
おかげで、背が高い彼が近くにいても、シャーロットは怖いとは思わないのであるが、どうやら彼にとってそれも面白くないようだった。
彼はとにかく、筋肉ムキムキになりたいらしい。
どうしてそんなに筋肉を愛しているのかは謎であるが、そんなわけで、彼は日々、ひたすらに筋トレに励むのだ。
「殿下、そろそろお勉強の時間ですが」
シャーロットが控えめに告げても、無視。
シャーロットが彼にはじめて会ったときに「俺は勉強などしない」と宣言した通りに、まったく勉強に時間を割こうとはしない。
だが、シャーロットも負けてはいなかった。
最初は根気よくアレックスの前に本を広げたりしていたが、先日、彼に本を投げ返されて頭にきたシャーロットが、木の棒で彼をぶん殴ってから考え方が変わったのだ。
いうことを聞かないなら力ずくでいうことを聞かすまで。
どうやら女嫌いのアレックスは、しかし女に暴力は振るわないらしい。
やられてもやり返してこないのであれば、「不敬罪」という厄介な罪から解放されたシャーロットはこっちのものである。
シャーロットは扉の所に立てかけていた木の棒を持ってくると、腕立て伏せを続けるアレックスの頭に容赦なく振り下ろした。
「べ・ん・きょ・う・の・じ・か・ん・で・す!」
ボコ!
木の棒と王子の頭の間で、鈍い音が響いた。
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