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「愚息……失礼ながら、それはアレックス様のことでございましょうか?」
国王の息子は三人。だが、第一王子と第二王子はともに他界しており、残った息子は第三王子のアレックスしかいない。
国王には五人の妃がいるが、第一王子の母である正妃は息子の死後、心を患って療養中であり、第二王子の母である第四妃も喪に服すと言って実家に帰省している。第三妃には第三王子アレックスと、第二王女がおり、第二妃との間には第一王女がいた。第五妃は三年前に嫁いで来られて、国王との間にはまだ子供はいない。
ふと現王の家族構成を脳裏に描いたシャーロットが問えば、国王はひどくまじめ腐った顔でうなずいた。
「そうだ」
「陛下、アレックス殿下は御年十九歳であらせられます。わたくしが教育係というのはどうにも腑に落ちません」
シャーロットは十八歳。もちろん誰かに教えたこともなければ、年上の王子の教育係に拝命されるような高い教養はない。これが五歳の王子と言われれば、まだ納得がいったかもしれないが、さすがに十九歳の王子はない。ありえない。
なんの冗談かと思ったが、国王があまりにもまじめな表情をしているのでシャーロットは悪夢でも見ているのかと勘違いした。こっそり頬をつねっていると、隣で父が変な顔をする。
(痛いわよね? あら、現実かしら?)
頬をつねって夢か現実かを判断しようとしているあたり、シャーロットはひどく混乱していたのだろう。普段ならば決してしないだろう行動をとるシャーロットに、父が妙な表情を浮かべたのもうなずける。
国王はわざとらしく咳ばらいをして、それから言った。
「うむ。そなたが不思議に思うのも無理はない。しかし間違いではなく、そなたには第三王子アレックスの教育係を頼みたいのだ。まあ、少し聞いてくれ」
首をひねるシャーロットに、国王は静かに語りだした。
第三王子アレックスが筋肉バカなのはシャートットも知るところである。
上に二人の兄がいるせいか、アレックスは昔から勉学に興味を示さなかった。それどころか、彼のために用意した教師はみな一月と持たずやめている。あまりに態度の悪いアレックスに嫌気を指して辞めていくのだ。
いずれは玉座についた兄王子の補佐をーー、そう考えていた国王は頭を抱えたが、どれだけ言っても息子の態度が改善しないため次第にあきらめるようになった。
アレックスは第三王子であるし、そのうち国内の有力貴族や他国の姫と縁談を組めばいいだろうと考えることにしたのである。
しかし国王の思惑は、またしても打ち破られることになった。
アレックスのためにと用意した数々の縁談を、アレックスが片っ端から破談に持っていくのである。
いやーー
口の悪いアレックスに、姫君たちが悲鳴を上げて断りを入れてくるのだ。
目をつけていた他国や国内の姫君たちにすべて断られて、国王はこれにも頭を抱えることになったが、どちらかといえば楽観主義者な国王はまたしてもあきらめることにした。
なに、アレックスは第三王子。
国に迷惑をかけさえしなければ自由にさせておけばいいだろう。
血税を払っている国民からしたら「ふざけるな!」と言いたいところだろうが、とにかく国王はまたあきらめた。
幸いなことに第一王子も第二王子も優れている。第三王子一人が自由にしたところで、国が傾くわけでもない。
極端な話、国王は王子たちの中でアレックスが一番かわいかった。
バカな子ほどかわいいというあれである。
結果、アレックスは甘やかされて、勉強もそっちのけで大好きな筋トレに明け暮れる毎日を送っていたーーのであるが。
事態は、第一王子に続き第二王子までもが急逝したことで急転する。
そう、国王にはもうアレックスしか息子がいないのだ。必然的に、彼が王位継承第一位になってしまったのである。
さすがにこのままアレックスを王位につけるのはまずい。
けれども、彼に教師を与えたところで一か月は持たない。
さてどうするか。考えた国王は、ふとパメーラ伯爵令嬢であるシャーロットを思い出した。
シャーロットは知らなかったが、第二王子が逝去したとき、第二王子の殺害を疑われたアレックスを救ったのはシャーロットが何気なく自身の父に言った言葉だった。
第三王子は犯人ではないーー
周囲を黙らせるのに苦心していた国王は、パメーラ伯爵が伝えたシャーロットの言葉に飛びついた。
シャーロットは、まさか父が娘の何気ない言葉を国王に伝えていたことにも驚いたが、たったそれだけのことで国王の記憶に残っていたことにも驚いた。
もちろん、アレックスの教育係に任命されたのはそれだけが決め手ではない。
シャーロットの世間の呼び名は「変わり者の才媛」。その二つ名をシャーロットは知らなかったが、彼女は教養の高い伯爵令嬢として評価されている。ただ、あまりに外見に無頓着なために「変わり者」という不名誉な形容詞が付随しているのだが、もちろんこれも彼女は知らなかった。
そしてもう一つ。
これに関してはシャーロットの名誉のためにも国王は秘密にしていたが、国王がシャーロットに目を付けた理由はまだある。
それは、彼女が「やぼったい」令嬢であるからだ。
どうやらアレックスは女嫌いのようだ、というのが国王の見立てである。
国王が用意したアレックスの婚約者候補たちーー美しく着飾った女性たちに対して辛らつな言葉を投げかける彼は、しかし城の年配の女官や使用人たちには優しかった。
つまり、世間一般の貴族令嬢と違い外見に無頓着なシャーロットであれば、アレックスも追い払ったりしないのではないかと考えたのだ。
そして、シャーロットは「教師」ではない。教師を追い払うアレックスでも、シャーロットならば追い払わないかもしれない。
「そなたは王子の教育係を担ってもらいたいが、しかし無理に机に縛りつけるようなことをする必要もない。そうだな、少しずつ、根気よく、息子に『知識』を与えてほしい」
シャーロットにはその国王の要望こそ意味不明だった。
少しずつ、根気よく知識を与えるってなんだ。
今の話からすると、アレックスは国を担うだけの教養も知識もゼロであると考えていい。
そんな悠長なことを言っていて将来この国が傾いたらどうしてくれるのだと思ったが、それを口にしたら最後、アレックスの教育係というありがたくない立場が確定しそうで、シャーロットは黙っていた。
なかなか首を縦に振らないシャーロットに、国王はじれたらしい。
うむむ、と腕を組んでうなった後で、小さな声でぼそりと言った。
「もちろん、謝礼もはずむが……。なんなら、良縁も」
どうやらシャーロットの婚約が破談になっていることを知っているらしい。しかしシャーロットは、「良縁」よりも「謝礼」に食いついた。
「謝礼ってどのくらいですか?」
これにはシャーロットの父パメーラ伯爵が目を剥いた。
「こらシャーロット、なにを……」
「お父様、わたくしは陛下とお話がございますので席を外していただけますか?」
「シャーロット!?」
パメーラ伯爵が思わず眉を吊り上げたが、彼が娘を叱るより先に国王が追随した。せっかくシャーロットが食いついてきたのだ、国王としてはシャーロットの実の父親であろうとも邪魔をされたくない。
「うむ。伯爵、席をはずせ」
「陛下!?」
パメーラ伯爵はこの娘が何か失礼なことを言い出しはしないかとハラハラしたが、国王にまで出て行けと言われれば従うしかない。
「シャーロット、くれぐれも陛下に失礼のないように」
パメーラ伯爵が娘にそう釘を刺して退出すると、国王は改めてシャーロットに向き直った。
「して、謝礼の額だな」
伯爵のーーしかも領地経営も収益も問題のない伯爵家の娘が金の話に食いついたことに国王は驚いた。シャーロットの時代遅れのような古臭いデザインのドレスや、ただ二つに分けて編んだだけの髪型、化粧っ気のない顔。それらを観察して、もしかして伯爵は娘に不自由な思いをさせているのではないかと勘繰った。けれども、思い返してみるかぎり、あの伯爵は親バカで、シャーロットのことを「賢い娘」と国王相手にも絶賛するような溺愛ぶりだ。そんな娘の生活に心を割かないはずはない。
では一体どうしてだろう。そう思いながら、国王は答えた。
「謝礼は、そうだな。金貨三百ほどでどうだ?」
安すぎれば食いつかないかもしれない。未来の国王がこれで育つと思えば安いほうだと何気なく金額を提示した瞬間ーー
「やります!」
シャーロットはこぶしを握り締めて食い気味に答えた。
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