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 シャーロット・パメーラが第三王子アレックスの教育係を拝命したのは、そろそろ社交界シーズンがはじまるころだった。


 半年前に婚約者だったレドモンドから婚約を破棄されて、シャーロットは世間の目から逃れるように領地に引きこもっていた。


 ーーお前みたいにつまらない女と結婚するつもりはない。


 レドモンドからそういわれたことはそれなりに堪えたが、それよりも、レドモンドがシャーロットの親友であったマルゴットと関係を持っていたと知っていたほうがショックだった。


 マルゴットは四年前、シャーロットが十四で社交界デビューしたときに知り合った子爵令嬢で、シャーロットと違っておしゃれでかわいい女性だ。


 シャーロットの好きな本の話も嫌がらずに聞いてくれる優しい人だと思っていただけに、まさか婚約者を奪われるとは思わなかった。


 茫然としてしまったシャーロットに「あなたみたいな本にしか興味のないような人が愛されるはずないでしょう?」と嘲笑ったマルゴットは、本当にマルゴットだったのだろうかと疑問に思うほど、シャーロットが知る彼女とは違っていた。


 シャーロットが知らなかっただけで、これが本当のマルゴットなのだろうか。


 信じられず、いっそう本の中に逃げ込んだシャーロットは、社交シーズンに王都に戻るつもりはなかった。


 けれども、突然の王命を持って王都に戻る羽目になったのである。


 シャーロットは城の書庫から借りてきた五冊の分厚い本を抱えなおし、階段を下りながら、三週間前ーー王都に吹く風に木枯らしの冷たさを感じはじめたころのことを思い出した。






 社交シーズンのはじまりとともに、一足先に王都に戻っていた父から呼び出されたのは、王都よりも北にある領地の山で栗が取れはじめたころだった。


 栗を使ったお菓子が大好物のシャーロットは、店先に栗が並ぶこの時期が大好きだった。もちろん自分で買いに行くことはないが、シャーロットの好物を見つけたカントリーハウスの料理人たちは必ず「栗の時期ですね」と笑って、シャーロットのためにお菓子を作ってくれる。


 栗が並びはじめると、朝夕がだいぶ涼しくなり、本を読むのに集中しやすくなるのもこの季節が好きな理由の一つだ。


 半年近くたてば、婚約を解消された心の傷はだいぶ癒えていたが、王都に戻れば噂好きの貴族たちの格好の餌食になるのは目に見えていたので、シャーロットは今年の社交シーズンは領地で過ごそうと思っていた。


 そんなときに届いた父からの「特急」扱いの一通の手紙。


 家族や親戚に何か良くないことが起こったのではないかと不安に思ったシャーロットだったが、ペーパーナイフで封筒の封を切った彼女は唖然とした。


 ーー至急王都に戻るべし。国王がお呼び。


 よほど混乱していたのか急いでいたのか、手紙はまるで伝言のように短く、そして意味不明だった。


(国王?)


 国王が、いち伯爵令嬢に何の用事だというのだろう?


 国王に不敬を働いた記憶はないし、もっと言えば、直接会話した記憶もない。デビュタントのときにあったことはあるし、城で開催されるダンスパーティーに出席したこともあるのでもちろん顔は知っているが、陛下がシャーロットの顔を覚えているかどうかは怪しかった。


 それなのに、国王がシャーロットを呼んでいる?


 何かの間違いではなかろうか。


 けれども、もし間違いなのだとしても無視するわけにはいかない。


 シャーロットは首をひねりながらも、渋々、王都へ戻る準備をした。


 領地から王都まで馬車で十日ほどかかる。長旅の間、退屈をしないように、たくさんの本を馬車にのせて、気を聞かせてくれた料理人たちが作ってくれた栗のお菓子をバスケットいっぱいにつめて、シャーロットは帰途についた。


 膝の上に本を開いて、バスケットから取り出した栗のグラッセ入りのバターケーキを食べながら、ふと少し丸い国王の顔を思い出す。


 シャーロットがレドモンドから婚約破棄を言い渡されるよりも三か月ほど前、国全体が喪に服した。


 第二王子が急逝したのだ。


 シャーロットは伯爵令嬢として城へ弔問に訪れており、その際に遠目から見た国王の顔は今でも覚えている。


 ひどく憔悴して、泣き腫らした目をした国王は、決して大柄なタイプではなかったが、ひどく小さく感じたものだ。


(王子がなくなるのは二人目ですものね……)


 二年前に第一王子が亡くなり、今度は第二王子。犯人は王位を狙った第三王子ではないのかと噂されたが、当の本人は王位に全く興味がなく、疑わしいなら王位継承権を剥奪しろと言い出したために、その噂は自然と消えた。焦った国王が取り締まったとも言われていたが、シャーロットはもとから第三王子犯人説には否定的だった。


 なぜならあの王子は、筋肉にしか興味がない「変人」で有名だからだ。


 王子である以上、ある一定の年齢になると「婚約」の二文字が出てくるのは当然である。


 しかし彼は、女性に一切の興味を示さず、口を開けば失礼なことを平気で言い、社交界にはとんと姿を現さず、筋トレをこよなく愛するという変わり者。


 ついたあだ名は「筋肉王子」。その不名誉な呼び名すら彼自身は気に入っているような変わり者だ。


 彼自身が第三王子で、彼を生んだ母が伯爵家出身の第三妃であったことから、彼の行動は「変人」の二文字で許されて無視されてきた。

 けれども、それはあくまで上に兄が二人いるから許されたことであるのだ。


 上の二人の兄がいなくなったあと、そんな自由が許されるはずもない。


 だから、第三王子アレックスが兄を殺害する動機がないのである。


 そのようなことを父に言ったこともあるが、シャーロットには他人事で、今の今まですっかり忘れていた。


「はあ、陛下はいったい何の用なのかしら?」


 第二王子が亡くなったショックからは立ち直ったのかしらねーー


 シャーロットはバターケーキをかじりながら、馬車の窓外に広がる青い空を見やって、ふとそんなことを考えていた。






 十日の馬車旅を終えて王都に到着したシャーロットは、邸につくなり、シャーロットは休む間もなくその足で城へ連れていかれた。


 何をそんなに急いでいるのだろう。


 父の顔は焦燥のためか強張っており、さすがのシャーロットも心臓が嫌な音を立てる。


(わたしは不敬罪に問われるようなことはしていないはずよ?)


 心当たりはまったくなかったが、けれども火がないところにも煙が立ってしまうのが貴族社会だ。


 冤罪だとわかりきっていることでも、結局のところ裁判でそれを裁くのも貴族であるため、彼らに都合のいい方向にしか物事は進まない。実にくだらなくて不平等な社会だ。


 城に到着したシャーロットは、謁見室に連れていかれーー、そこで聞いた国王の言葉に耳を疑うことになる。


 国王はがちがちに緊張していたシャーロットに向かってこう言ったのだ。


「シャーロット・パメーラ。そなたを愚息の教育係に任命する」

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