微風

 つっかえながらも、ようよう吐き出した圭は、ぎゅっと口を結んだ。

 瞳に一層の力を湛えたやしろは、一時黙ったまま飛翔を続けたのち、口を開いた。


「別々に行動しよう発言はどこから生まれた?おまえから、じゃないよな?」

「…地中になにかがある気がして。やしろは行けないでしょ。だから」

「一応訊いておくが。おまえの調べもの関連じゃないよな?」

「わかんない」

「そーかよ」


 マンドレイクの意識の可能性が強いが、そうであるとは断定できない。

 圭は調べものの為に、この烏天狗の国に単身来た。命の危険があるにもかかわらず、だ。故に今、このような状態であっても、命よりも想いを優先する可能性も確かに考えられるのだ。


 こんな時でもかよ。思うが、口には出さない。


「単独でおまえを行かせるわけにはいかない」

「勝手に行くかも」

「おまえなあ」

「ごめんでも。早く見つけて安心したい」

「…九尾を見つけるよりも重要なのか?」

「………うん」

「その所為で死んでも、か?」

「死にたくない。でも。だから、別々に行動したい。やしろには九尾を探してほしい。私は。その大切な存在を探すから」


(…これは、だめだな)


 言葉で説得しても、


「私を連れ戻しても、多分、無駄だと思う。かづら」


 圭は突如現れたかづらを直視した。分身の術。伝術と交術でやしろと介して現状を把握、整理した結果、圭を連れ戻しに来たのだ。

 かづらはいくつの術を使っているのか。消耗は少なくないはず。

 さらに、これから取る行動如何で、かづらの消耗の増減が決まる。そう理解はしているが、こればかりは譲れない。

 同調してしまったらなおさら。


「分裂を続けるか?」

「うん」

「……これ以上増やされても困る。今、この場にいるわしの分身を一体つける。土の中だろうが水の中だろうが構わない。目的を果たせ」

「ありがとう」

「やしろ」

「わかっている。九尾の妖狐は確実に捕まえる」


 やしろはかづらに応えた。

 未熟さから生じる悔しさと憤りを、今は封印する。


「やしろ」


 圭はやしろの胸元に置かれたかづらの両の手に飛び移ってのち、やしろの眼を見て、名を呼び、言葉を紡いだ。


「お礼に、とまと、たくさん持ってくるから」

「…何度も往復させるから覚悟しとけよ」

「うん」

「死ぬなよ」


 この刻。やしろのその一言はまるで、星の光が一点に凝縮し、一気に放射する寸前の光のように感じた圭。温泉のように、やる気が湧き上がる。


「うん」


 やしろは頷き、かづらの分身を直視した。


「圭を頼む」

「主の命に誓って、この方の命は必ずお守り通す」


 かづらの分身は浅く頭を下げてのち、圭を胸に抱えて地に急降下。地中へと姿を消した。

 透術とおりのじゅつ。土の中だろうが、水の中だろうが、炎の中だろうが、地上と同じように過ごせる術。

 やしろがまだ会得できていない術だった。


「死ぬなよ」


 飛翔したまま、圭とかづらの分身が地中へ姿を消したのを見届けてのち、やしろは速度を上げて、次の目的地へと向かった。

 大豆畑へと。








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