業風

「圭。今から封印の術を施す。暗闇だが泣くな」

「わかった」

「圭」


 かづらが手に持っていた錫杖を鳴らしながら呪文を唱える中、話す事はないと思っていたラグナであったが、伝えておかなければいけない事を思い出し、話しかけた。


「あなたが憑依しているマンドレイクはとっても健康で当分死ぬ事はないわ」


 一拍置いて、一息吐き、圭は微笑んだ。


「よかった」


 ラグナも微笑み、かづらに頭を下げた。


「邪魔をしてごめんなさい」


 かづらは小さく一度だけ頭を振り、仕上げの呪文を発した。

 瞬間、烏天狗の羽と錯覚してしまうほどの、漆黒の艶やかな細長い葉が圭を取り囲む。

 本来ならば、半円状に取り囲み、相手の行動を制限させる。

 未熟な烏天狗ではないかづらならば、成功していたのだ。

 しかし、現状では、半円状に取り囲んだ葉は突如として、木っ端微塵に破壊される始末。

 通じるか否か。五分五分だろうと睨んでいたかづらにとっては、別段、驚くべき事ではなかった。


 では、通じない理由はなにか。

 かつての戦では、マンドレイクにも妖精にも通じていた封印の術だったのだ。

 百五十年の月日を経て、対抗できるようになったと考えるべきか。

 圭の憑依によってマンドレイク自体が変容した結果と考えるべきか。


ーー失敗か。


 やしろは伝術つたえのじゅつで、頭の中に直接話しかけて来た。かづらはそうだと返し、推察を伝えて、九尾の妖狐の手がかりは見つかったか尋ねた。


ーーいや。見たやつはいない。


 神出鬼没な上に、棲み処があるとはいえ年中この国にいるわけではない九尾の妖狐。もしも、他国に赴いていたとしたら。

 やしろは慎重にかづらに尋ねた。


ーーほかに解決策はあるのか?

ーー妖精国に興味を持っているやつを探す。

ーー当ては?

ーーもう死んだ。

ーー反魂の術か。


 反魂の術とは、文字通り亡くなった魂を現世に呼び寄せるものであるが、成功率が極めて低い上に、術を使う烏天狗の消耗も激しく、最悪の場合、死に至る術であった。


ーー九尾の妖狐を探す方がまだ利はある。

ーー情報収集しながら、まずは鬼灯のとこに行く。


 鬼灯とは、九尾の妖狐の好物であり、通年食べられる鬼灯の植物そのものの名前であり、またそれが実る場所の事であった。


 やしろは、情報収集しながらも、九尾の妖狐が好む場所を近い場所から順繰りに探そうと決めていた。九尾の妖狐が好む場所は大方把握していたのだ。

 数は多いが分身の術を使うので、半日で回れない事はなかった。


ーー見張っておく

ーーああ。


 やしろとの会話を終えたかづらは、ラグナを一瞥した後、圭に向かって片手を差し向けた。


「乗れ」

「わかった」


 とことこと、圭はその小さく細い足を動かしてかづらの片手に乗った。かづらは胸元に近づけた。かづらの心音が聞こえる。感じると言ってもいい。


「大丈夫か?」

「大丈夫」

「やしろが九尾の妖狐を探してきてくれる」

「うん」

「意識はしっかり持っておけ」

「うん」

「やるべき事を常に描け」

「うん」

「死なせぬ」

「うん」

「暫しの間、我慢しろ」

「うん」


 かづらは一度、身体の力を抜き、次には、丹田に力を籠めて、勢いよく圭を己の胸の中に取り込んだ。

 大丈夫の言葉に嘘偽りがあるとは思ってはいない。

 やりたい事を見つけ、実行している最中の娘であった。強い意志を持っている。

 だからこそ、マンドレイクの意識にも、死の恐怖にも呑まれる事はないだろうが、身体の寿命が削られていく内に、徐々に魂も削り取られ、疲弊するのは必定。

 死へと向かうのは、必須。


 そういった圭の心身の状態とマンドレイクによる不測の事態を鑑みて、このような行動に出た。

 己の中にいれば、外にいるよりも、まだ、助けられる。

 無意識に吐き出した短い息は、思っているよりも熱が籠っていた。









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