葉風

(ふぅん。やっぱり、大事な相手なのね)



 今まで莫迦にされた分、こちらもし返そうかと子どもじみた考えが生まれるも、バッサリと中止する事にしたラグナ。やしろの弱点を見つけたかのような優越感と、それを上回る微笑ましさと喜ばしさを抱きながら、やしろと圭のやり取りを黙視する事にした。


 多大なる生温かい視線を向けながら。


 ラグナの視線に気づきながらも、無視する事にしたやしろは、どうなんだと再度尋ねた。

 糸のように細い五本指がある手を握ったり開いたり、同じく糸のように細い五本指がある足で身体を動かしてくるくる回ったりしていた圭は、大丈夫だと答えた。


「しっかり憑依しちゃったみたい。でも、身体が仮死状態でも魂って健康なんだね。痛みが全然ないし。それともマンドレイクの身体がすごいのかな。動きが軽い軽い」

「呑気な感想はそれくらいにしておけ。厄介な状態が重なってんだからな」

「そうだよね。私はマンドレイクの身体でもいいけど、マンドレイクが困るしね」

「おまえは困らないのかよ」

「うん。ばっちゃんもじっちゃんも笑うだけだろうし。気になるのは寿命かな。明日死ぬ予定のマンドレイクだったらすごく困る。あ、でも、マンドレイクが私より困るよね。明日死ぬのに、私に身体を乗っ取られたら、好きな事できないもんね。やしろ。早く九尾の妖狐を探してきてよ」

「わかってる。あいつが来たら速攻で探してきてやるから、ここを動かずおとなしくしとけよ。普段よりも「わかってる。動かない。ここでラグナと待ってるよ………なにその信じていない目は?」

「何かしでかしそうで不安だ」


 やる。おまえは絶対、最大級の失敗をやらかすと断言する物言いに、圭は嘆息をついた。


「今までしでかした事がある?」

「ない。だから今回。こういう非常事態に限って、なにかやらかしそうで不安だ」

「しない。おとなしく待っている」

「おい」

「え、なによ?」


 突然やしろに呼びかけられたラグナ。不安じゃなくて心配でしょう間違っているわよとやきもきしている最中だっただけに、不意打ちを喰らってしまい、返事がどもってしまった。

 深刻な状況だと判断しているのは自分だけであとは役に立たない事を認識したやしろは、冷めた表情を向けつつ、ラグナに尋ねた。


「このマンドレイクの身体を封印する術はないのか?」

「ここが妖精の国だったら可能だったわ。ええ、ええ。ごめんなさい。役立たずで」

「なら封印しておくか」


 小莫迦にした表情から一変、ラグナは真顔でやしろを見た。


「色々考えて大変ね。一応、称賛の言葉よ」

「おまえが知らないだけで、こいつの仕業だという可能性も捨てきれない」

「構わないわ。圭が憑依しているから痛めつけるような真似はしないでしょうし」

「期せずしてか」

「どうぞご自由に想像してちょうだい。ただし、マンドレイクも圭も助ける。その為には協力してよ」

「不本意ながらな」


 自分も関わっているにもかかわらずに話を進めるラグナとやしろに、圭は待ったと会話に介入した。


「私たちの了解は?つまり私は、マンドレイクと一緒に閉じ込められるわけ?」

「こっちの術が通じればな」

「力を消耗させないで、かづらに任せればいいのに」

「かづらという烏天狗がこちらに来るのね」


 新たな情報の提示に、ラグナが身を乗り出した時だった。灰色の毛むくじゃらがラグナの視界の半数を埋め尽くした。


「な、なに?」

「ラグナ。この烏天狗がかづら」


 圭に紹介された烏天狗、かづらの全体を見ようと、宙に浮いたラグナ。目元まで隠す髪の毛も、口元さえ隠す髭も、羽さえも巻き毛であるかづらの様に、飛びづらくないのかしらと思う反面、ふわふわしていて気持ちよさそうとの感想を抱いた。


「やしろ。かづらが来たから、行って来て」

「そうよ。こうして増援が来たんだからさっさと行きなさいよ」


 もっともな言い分だが、言われずとも行くつもりだったやしろにとっては、面白くない気持ちが増長する。意固地なっている場合ではないので、行くには行くのだが。


「かづら。伝えた通り、圭を正体不明な生物もろとも封印して、圭の身体とそこの妖精の見張りを頼む」

「了解した。行け」

「頼むぞ」


 ちらりと、圭を一瞥したやしろは、翼を力強く広げた。

 たったそれだけでも風が生まれる。荒々しい風が。


 目を奪うほどの純黒さと艶やかさを持つ翼はしかし、持ち主によって風を、攻撃を主とする風を生む。

 風に添う妖精たちと違う。

 風を生みながら風に抗う烏天狗。なにものも寄せ付けず、跳ね除ける。


「」


 己だけを守り、他を傷つける。暴力だけしかない。


 ラグナの呟きは聞こえた。しかし、圭もかづらも何も言わない。

 身の内に留めず表に出した非礼を認識していたラグナは、しかし謝罪はせず、礼儀として浅く頭を下げて、ラグナと申しますと告げた。


「事情は知っているものと認識していますが、よろしいでしょうか?」

「ああ」

「今回の件は私の落ち度も踏まえて、烏天狗の国にいる以上、この国のやり方に従います。不当な扱いを受けない限りは」

「拘束はしない。何か不自由がある場合は、告げてもらえると助かる」

「わかりました」


 今はもう話す事はないと、ラグナは一歩下がった。足は地につけたまま。最低限の誠意であった。








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