初風
「本来ならその羽をむし取って、長に突き出していただろうが、事情が事情だ。その生物と一緒にそいつの傍にいろ。ここらは俺の縄張りだ。結界も施している。仲間も妖怪も来ない。と、言いたいところだが、一体だけ見張りを寄こす。妙な動きは見せるなよ?」
「仰せのままに」
「やしろ。ちょっと待って」
「気安く名前を呼ぶな」
「はあ?名乗られもしていないのにわかるわけないでしょ」
「ふざけんな。どうせみょうちくりんな術でも使って俺の名前を調べたんだろうが」
「そっちこそふざけないでよ。相手の素性を無遠慮に調べるなんて。仮にそんな術を使えたとしても、この私がするわけないでしょう。きちんとこちらも名乗って、尋ねるわよ。礼儀の基本。あなたが血気盛んな野蛮族でも怠る事はしない。侮辱だわ。謝罪しなさい」
「誰が謝るか」
「謝りなさいよ」
「やだね」
「やしろも妖精さんも落ち着いて」
「「落ち着けない。っておまえ/あなた」」
やしろと呼ばれた烏天狗とラグナが目を丸くさせて見た先には、先程のおどろおどろしい雰囲気を払拭した、可愛らしい毬藻のような色形になったマンドレイクがいた。烏天狗の両の手の収まるほどの大きさも、南天の実のような赤い目も可愛らしさを際立たせる。
新たな生物が出現して、マンドレイクは逃げたのかと、やしろもラグナも辺りを何度も見渡すも、マンドレイクの姿は見当たらなかった。
本気で逃げていたのならば、見当たらないのも道理なのだが、そもそも、ラグナはマンドレイクの手を握っていたのである。逃亡は不可能だろう。現在進行形で。ラグナが変化に気付いたとすれば、掴んでいるマンドレイクの手が、カサカサからもふもふの感触になってしまった事くらいか。烏天狗との言い合いで、些細な事と放って視線を送らなかった事が間違いだったらしい。
「変身したのか?」
「変身なんかしないわよ……多分。私は知らないし。話せるなんて知らないし」
「知らない事ばっかりだな、おまえ」
やれやれ呆れたと言わんばかりに頭を振る烏天狗に、ラグナが噛みつこうとした矢先、違う違うと、マンドレイクが言った。
やしろは眉を潜めた。先程の台詞でも感じた違和感。その独特な間を取る、なんとも相手を脱力させる言い方に聞き覚えが十二分にあったからだ。
瞬間か一拍後か。憑依。その浮かんだ考えが身体を巡り、口が勝手に名を呼んだ。
マンドレイクに向かって。間違っていたら恥だと思いながらも。
「おまえ、
「あー、うん。そうみたい」
仮死状態にある人間の少女、圭は、どうやら魂がマンドレイクに憑依してしまったらしい。
危機的状況下に陥っているにもかかわらず、だ。平素と変わらぬ呑気な物言いに、やしろはやはり脱力してしまった。
「初めまして。私の名前は圭です。あなたの名前はなんでしょうか?」
「私の名前はラグナ」
向かい合う圭にそう返すや否や、ラグナは地に降り立ち、正座になって、頭を深々と下げた。
「迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。必ずあなたを生き返らせるから」
「頭を上げて。ラグナ。元々の元凶は、九尾の妖狐だろうし。やしろもそう思うよね?」
「否定はしない」
圭に同意を求められたやしろは、不承不承に告げた。
意図しない結界の通り抜け。しかも五体満足無事。二体ともに。そんな芸当ができるのは、結界を自由自在に操作できる九尾の妖狐をおいてほかにいない。
つまりこの事態は、九尾の妖狐が引き起こした所為で発生したのだ。
とする説が可能性としては大きい。
けれど、十割かと問われればそうとは言えない。
(もっとも、こいつが、こいつらがそういった能力を隠しているだけかもしれないが)
妖精、人間について習ってはいるが、不明な部分の方が多い。
こうして直に接した結果生まれた、危険ではないだろうとの勘も、警戒心を解く理由にはならない。九尾の妖狐探しも、今こちらに向かっているあいつが来次第、実行するつもりだったのだ。
やしろから同意の言葉をもらえた圭は、だからと言葉を紡いだ。
「私がなんでこの生物、の名前は?」
「マンドレイク」
「マンドレイク…ラグナとマンドレイクがここに来たのも、私がマンドレイクに憑依したのも、きっと全部九尾の妖狐の仕業で、ラグナが気にする事はないよ」
「ありがとう。でも、九尾の妖狐の仕業であれそうでなくても、その力に抗えなかったのは、私の力不足。この事態を引き起こした一端を担っているのは事実なの。だから絶対私がなんとかする」
「なんとかするって、なにもできないくせに」
「役割分担って言葉知らない?私には私にしかできない事があるように、あなたにはあなたがなすべき事があるの。だからさっさと九尾の妖狐に結界を通らせてもらえるようにしなさいよ「言われなくても「そうだわ。肝心な事を訊くのを忘れてた。圭。あなた、妖精の国には行った事はあるかしら?」
やしろの憤りを躱したラグナ。やしろの視線を無視して、圭に問いかけた。
「うん。行った事ない。一度は行こうと思ったんだけど、だめだった」
「あら。妖精の国に行ってみたいの?なら、私が許可するから平気よ」
「誰でもいいってわけじゃないって基本的な事を知らないのか?」
いちいち茶々を入れて来るやしろを、ラグナは睨み付けた。
「うるさいわね。知っているわよ。私が上司に頼めば、平気よ。今回は命がかかっているから尚更ね」
「…ま、それならそれでいいけどよ。圭。おまえ、身体、魂は平気なのか?」
今まで地に立っていたやしろはしゃがみ込み、なるべく圭に視線が合わせるような位置を取って尋ねた。
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