第6話 机の場合

レポートが終わって一段落、

ともいかなかった。


今日はプリントの課題が出た。しかも締め切りは明日まで。その内容は計算を含む一問一答に加えてめんどくさい長文問題まで。

課題が終わったかと思えばすぐに次の課題。まぁこれも学生の努めということか。



 大学から帰宅し、ドアを閉め早速覚悟を決める。今日こそ決着をつけなければいけない。

「課題をしたいんですが…」

部屋の真ん中、そこには毛先がふんわり内向きのロングヘアーの女性が居た。

ここは机さん、と呼んだ方がいいだろうか。



 プリント数枚くらいなら大学や図書館とかで済ませても良かったのかもしれないが、今日に限って試験の準備やらなんやらとかで追い出されてしまった。


ファミレスは…キッチンさん達のご飯もあることだし、選択肢にはあまり上がらなかった。

そうなった以上、この部屋で課題をこなさなければならないわけだが、プリントとなると食事のように床でするわけにはいかない。

ちなみに窓では無理だ。ここ数日の寒さで結露しまくっている。プリントはべったべたになってしまうことだろう。


それに、食事の方もこれまではなんとか床の方で済ませてきたがこの前の電子レンジとポットの対決もあって、食事はそろそろ机で食べたいと思う。

ここ最近また冷えてきて、鍋とかも食べたいしな。



 部屋の真ん中に置かれた木目天板のこの机は、実家の物置で眠ってたやつを引っ越しの時に引っ張り出してきたものだ。

見つけた当初は埃まみれだったが、濡れ布巾で磨くとその木の木目の美しさがよみがえった。所々小さな傷もあれど、その美しさに惚れ惚れした。それから2年弱、たまに物をこぼしてしまったり足をぶつけたりすることもあれど、自分なりに大切に使っている。


その机は今、絶賛擬人化中である。

もしかしてあの綺麗な栗色の髪は、天板の名残なのだろうか。

とにかく、他の家具同様元の姿に戻ってもらうために、今回も話をしてみようと思う。




…しかし、話をしていくと机さんはあまり元の姿に戻りたくなさそうだ。

というか、人の姿がどうも気に入っているようだ。

どうしてか、と聞くと

「元の姿…机の状態ですと常に四つんばいですから何かとくたびれてしまいまして…

まぁそれも嫌いというわけではないのですが、人のこの姿は机の時では出来なかったことが出来ますから…また楽しくって。」

机さんは頬を染め、手をあて、色っぽく悩ましくそう答える。

…物ながら、しんどいとかあるんですか。


しかしまぁ、どうしたものかな。

と、鞄の中の締め切り迫る課題に意識を向けつつ解決策を考えていると、

ピンポーンとインターホンが鳴る。

こんな時間に、誰だろう。



 玄関に向かうと、耳に馴染んだ声が扉の向こうから聞こえてくる。


「ユウトーいるかー?」

「この声は…」

ドアを開けすぎると廊下近くの冷蔵庫やキッチン周りを見られないとも限らない。そうっと、玄関扉を部屋の中が見えない程度に開け、来客の姿を確認する。


「課題で分かんないところがあってさ、直接聞いた方が早いと思って来た!」

また寒いのに、この呑気な友人は鼻を赤くしながら玄関先で満面の笑みで答える。


「ヒロカズ…!何でまた突然。」

「一応ラインも入れたんだけどさ。」

「えっ」

ポケットの中のスマホ画面を慌てて確認する。そこには、30分ほど前に確かにヒロカズからのメッセージが入っていた。

通知をバイブレーションにしてたから気づかなかったのか!

「で、今大丈夫?」

「え、えーっと…」

どうする!?


 ととととととにかく、部屋の中の彼女たちをどうにかしないと!!!

今部屋の中で擬人化した女の子達は、パソコン、キッチン、冷蔵庫、寝具の三人、電子レンジとポット、それに机。合わせて9人。

こんなの見られたら、訳を話しても理解して貰えるかどうか。

というかどうやって説明するんだ!?


玄関先でヒロカズは俺の返答を待つ。

慌てて頭の中で考えを巡らせる。

ここまで来られたら、それにせっかく来たんだしこのまま追い返すのもなんだか悪い気がしてきた。いやでも、彼女たちの姿を見られたらどうカバーするんだ。

寒空の下、焦りも加わって考えがまとまる訳もなく。



…落ち着け。

という名の思考停止に陥った。



「…まぁ、とりあえず上がれよ。俺も今から課題しようと思ってたところだからさ。」

「お、マジか!サンキューな~。」


ヒロカズを部屋に迎えると、廊下を過ぎ、問題の部屋の前に立つ。ここ数日の色々な騒動でハプニングには慣れてきたのか、この状況にあっても俺の心は妙に落ち着いてきた。というよりもはや、諦めているのかもしれない。

部屋のドアに手をかける。

ええいままよ!!!




 ヒロカズが部屋に入る。

「ひぇー。さむさむ。

ちょっと久しぶりだなー、ユウトの部屋入るの。…少しレイアウト変えたんだ。」


「そ、そうなんだ。片付けついでに色々な。」

「いやー、バイト終わりに課題あったのに気づいてさ。プリントだけど明日朝一で大学でやるにはちょっと厳しめな内容だったから、ユウトと一緒にやるのも良いかなと思って。

…ちゃんと手土産も持ってきたからな!」

そう言って、腕に下げたコンビニ袋から缶コーヒーとコーンポタージュを顔の前に出す。袋からはお菓子の袋やらもいくつか覗いていた。



部屋の中をさっと確認すると、

さっきまでは無かった炬燵が部屋の真ん中に置かれていた。

「おっ、炬燵じゃーん、いいねぇ。」

ヒロカズは迷わずそこに入り、落ち着く。

机はあるけど、炬燵布団なんてあったっけか…

それにこの机なんか妙に大きくないか。


まさか…

炬燵の中をそっと覗く。

そこには見慣れた女の子たちが、




居ない。

…そんなわけないか。

ここに隠れるにはさすがに無理がある。

「ちょっ、せっかくぬくいんだからあんまり布団めくるなよな」

「ああ、悪い。」

おそらく、彼女たちは上手いことクローゼットの中にでも隠れてるんだろう。



…ということは、この炬燵は?

そこまで考えて、机さんと変に距離感の近い寝具達を思い出す。


ま、まて。そんなことはないだろ。

とはいえこの状況、この炬燵、もしかして…

もしかして机と掛け布団、あいつら合体して炬燵になってるのか!?

そんなのありかよ…

この予想は確定したわけではないが、どうにも嫌な予感しかしない。


「どうした、ユウト?早くプリント終わらせようぜ。で、分からないのがこの部分なんだけどさ…」

ヒロカズは何事もないように、鞄からプリントを取り出すと、分からない箇所をペンで指し示す。

何であいつら、元に戻るならまだしもどうして炬燵なんだよ…

電気をどこから取っているのか知らないが、妙に暖かい炬燵に入り、自分のプリントを取り出す。

突然人の姿になったりしないよな、これ…。

内心ドキドキしつつ、早くこの状況から解放してくれ!と手早く課題を進めた。



その甲斐あってか、1時間ほどでプリントは終わる。体感はもっと長く感じられたが。


「ありがとう!助かったよ。また明日な~!」

ヒロカズを見送り部屋に戻ると、机たちは人の姿に戻っていた。

「どうなることかと思ったよ…」

しかしこちらの心的疲れをよそに、机さんはなんだか嬉しそうだ。



「ふふふっ。こんな体験も悪くないですね。布団さん達に、殿方に密着されるというのも。

いつもは物を乗せていることが多くて、人との距離は他の家具さん達より近いとはいえ、その熱を感じることはあまりありません。

けれど、炬燵机となるとその扱いは一気に異なりました。

…無防備に伸ばされたその足。時折の接触。元の机では中々味わえない感触でした。」

「私たち布団が居たからね!温かかったでしょ。」

楽しそうに話をする机さんと寝具達。


元の姿の時は何も思わなかったが、机さんにも色々な考えがあるんだな。どれが好きとかあるのか。

…まぁ机にもよるんだろうけれど。




 ヘトヘトになりつつ、夜も更けてシャワーを済ませて部屋に戻ると、机さんは元の机の姿に戻っていた。

冷えたその焦げ茶色の天板をなぞる。

とにかく、満足はしてもらえたのかな。



なんとかなるもんだな。


どうなることかとも思ったけれど

うまいこと折り合いをつけていけば

彼女たちとの生活も、悪くないかもな。


今だ解けない謎も多いけれど…






次の日の朝。

朝御飯を久しぶりに机でとろうと思ったが、机さんは再び人の姿に戻っていた。

またこのパターンか。

「…一応聞いておきますけど、どうしてまた人の姿に?」


「パソコンさんに聞いたところ、机にはパソコンと共にあるオフィス机や学習机など、一口に机といっても他に様々な使い方があるようで。それを聞いたらまた人の姿に戻りたくなってしまって…」

「パソコンが!?どうしてそんなことを…」


うふふ、と妖艶な雰囲気で笑う机さん。

やっぱり、昨日からなんとなく思っていたが、机さんからはなんだかアブノーマルな雰囲気を感じる。嫌いとは言わないが、そこに巻き込まれるのはちょっと怖い、かも。


と、こんなことだとまた朝食を食べ損ねかねない。…とりあえず、元の姿に戻すのはまた今度か。

スマホで時間を確認し、急いで支度を済ませる。今日のプリント提出は1限の授業だからな。



早足で大学へと向かう。

その間に、頭の中でこれまでの出来事が浮かんでくる。


思えば、この一連の騒動は擬人化した彼女たちというより、

パソコンを中心に動いてる気がしなくもないよな。




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