燈籠
閊えが取れた今。拗ねた絃を何とか宥めすかせて、このままいい感じに旅を満喫できれば。
なんて。
都合のいい事を考えていた。
「あ~ら。こんなところで会うなんて。偶然ね。おにいさま。寿」
「
猫目にやわく上がった口元、赤茶で巻き毛のツインテールをヨーヨーみたいに弾ませる少女、糸遊は、猫のようなしなやかさで口元を引き攣らせる尚斗に軽やかに近寄った。
「おまえ、一人か?」
「目に入ると邪魔だからって言ったからきっと物陰から見守っているわよ」
「そうか」
(ならあいつらは来てないのか)
少しだけ安堵した尚斗。この状況下で面倒この上ない三人を相手にはしたくなかったからだ。
(偶然。なわけないよな。面白がって近づいたか)
「こいつは糸遊。俺の妹だ」
思うところはとりあえず放り投げた尚斗は初対面である絃、竹蔵、曇、貴、滝に向かい合って紹介した。しぶしぶ。
「糸遊です。よろしくお願いします」
「何もお願いしなくていい。会うのはこれきりだから」
尚斗は片手を上げて挨拶をする糸遊をバッサリと切った。
「まあ、おにいさまはなんて冷たいんでしょう。寿、慰めて」
よよよと泣く仕草を取った糸遊。次には寿の腕に抱きついた。尚斗はげんなりして、寿は優しく窘めた。
「糸遊様。容易く異性の身体に触れるものではありませんよ」
((((え?誰?))))
紳士度が格段に急上昇した寿。心なしか色気さえ放っているように見えた。
(あ~。だから会いたくなかったんだよ)
(え?何?絃は遊びだったの?)
((なるほど。本命の前だと態度が変わるのは仕方ない))
(あ~。ねむい)
「あ~。悪いんだが、糸遊と話があるから、竹蔵たちは絃を連れてそこら辺で遊んでてくれ。すぐに合流する」
「ええ。分かったわ。行きましょうか」
絃を抱っこしている竹蔵は寿と糸遊の関係に興味がありそうな曇と貴を促して先へ進み、布団に戻ろうかどうしようか悩みながら滝は四人の後に続いてその場を立ち去った。
道路の真ん中でする話ではないと、近くの健康ジュース立ち飲み喫茶店に入った三人。脚の長く丸い卓の上に一口だけ飲んだ芋、栗、梨、蜂蜜の混合ジュースを置いては、隣に立つ寿の腕にやわく腕を絡めて、正面に立つ尚斗に向かって糸遊が口を開いた。
「いとちゃんともお話ししたかったのに。おにいさまの事はもう全部話してあるんでしょう?」
「今の絃に記憶はない」
「あらそうなの。それなら猶の事、お話ししたかったわ。寿の事をどう想っているのか、今なら素直な心が聞けそうだし」
「糸遊。おまえ、本当に何をしに来たんだ?」
寿が言葉を発する前に、尚斗が気だるげに問いかけた。糸遊は頬を少しだけ膨らませた。
「寿を独り占めしているおにいさまの邪魔をしに」
「それと?」
「寿に触りたくなって」
「それと?」
「それだけよ」
純粋無垢な瞳を見て、がっくりと肩を落とした。
「………それだけかよ」
「心外。私にとっては重要な事なんだけど。なーに?伝言役として来たとでも思ったの?」
糸遊は寿から腕を放して尚斗に身体を寄せては、にんまりと笑い、こしょりと内緒話をするように名称を呼んだ。
王位継承者様。と。
「いいよなおまえは、傍観者だから」
尚斗は元の場所に戻った糸遊を半眼になって見やった。糸遊はくすりと小さく笑った。
「おにいさまだって。本来ならあたしと同じ立場だったでしょう。
「うるせ」
糸遊は頭を一度だけ振った。
「絃ちゃんが好きなんだと思ったら、相も変わらず寿一直線だし。そろそろ放してもらえないかしら?あたしの寿なのに」
「俺の、寿だ。一生離さない」
糸遊は鼻で笑った。
「やーね。心を縛って、解き放つ術を与えないなんて。あたしならそんな窮屈な思いはさせないわよ、寿」
二人の視線を真っ向から受けた寿。穏やかに微笑んだ。
「いえ。有難い申し出ですが、僕は尚斗様のお傍に居ると自分自身で決めたのです。糸遊様。ご期待に沿えず申し訳ありません」
「いいの。謝らないで。あなたは何も悪くないんだもの。性悪なおにいさまより先に出会ってさえいればこんな悲劇は起こらなかったんだから」
糸遊の睨みも意に介さず、尚斗は残りのジュースを一気に飲み干した。
「そろそろ行くか」
「はーい」
「おまえはもうさよなら」
「もう、本当に冷たい」
最大限に頬を膨らませた糸遊。けれど食い下がる気はなく、せめて奢ってねと尚斗に言っては、寿にまた近い内に会いましょうとウインクをしてその場を立ち去って行った。
「悪かったな」
「いえ、尚斗様の妹君ですから。大切にしたいんですけど」
苦笑を零して、小さくジュースを吸い上げる寿に、尚斗はゆっくり飲めよと言った。
(2021.7.1)
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