盆踊
「いなくなった?」
何かの聞き間違いだろう。尚斗は合流した貴を見たが、本当だとの返事があるだけ。
「おまえたちがいるのに?」
日付盗賊改のおまえたちが?
体力には自信があるおまえたちが?
目を離したとしても、幼子だ。歩ける、走れる範囲などたかが知れている。見つけ出すのはお茶の子さいさいだろう。
(しかも、竹蔵がいるのに?)
通常なら考えられない事態、だが。
通常ではない事態が発生していた、としたら。
(純白の間に連れて行かれたか。絃が隠していた力を発揮したか。こいつらを出し抜ける誰かに連れ去られた、か)
不意に脳裏を過ったのは、面倒この上ない二人の人物であったが。
(あり得そうで、あり得なさそうで、あり得そうで)
分からないな。
結論付けた尚斗。僅かに顔が強張っている寿の肩にそっと手を添えてから、竹蔵と滝が捜しに行っているのかと訊いた。
「竹蔵はいとちゃんが行きそうな場所に。滝は第六感が優れているからね。私と貴は君たちに知らせる役割と、いとちゃんが戻って来た時の為にここに留まっている」
曇の答えを聞いた尚斗は、このままここにいてくれと言った。
「俺と寿も捜しに行く」
「地元の警察にも要請しに行く」
「そうだね。なら貴がここに残っていて。私が行くから」
「ああ」
「じゃあ、とりあえず一時間経ったら、ここに戻って来るって事でいいな?」
尚斗の確認に、寿、貴、曇が各々返事してから、曇だけがこの場に残り、散り散りになって絃捜索に向かった。
「銀哉。おまえと寿は一緒に探せ。どうせ俺には別のやつがつくだろう?」
一人にするわけないでしょう。
影ながら見守っていた銀哉。姿を見せて小言を口にする前に封じられて、溜息が出た。
「お一人なら純白の間に行けると思っているのですか?」
「それも考えた」
「それも?」
「俺一人の方が釣れるやつもいるって事だ」
「一人じゃないですけど」
「訂正する。寿とおまえがいない方が釣れる可能性がある」
「可能性は低いと思いますよ。日付盗賊改の連中がいるのに行動に移さないでしょう」
「あいつらも遊びに組み込まれたとしたら?」
何を言い出すんですかと一笑に付せられなかった銀哉。神に選ばれし者たちだけだったのは、過去の話だ。
加えて今回は、老中のみならず王位継承者たちも加わっている。
過去よりも、しっちゃかめっちゃかになっている可能性は大だ。
「殺しも、可能性があるのですか?」
黙って尚斗と銀哉のやり取りを聴いていた寿。僅かに硬い表情のまま、やおら口を開いた。
尚斗と銀哉は寿に視線を集めた。
「絃さんは殺される可能性はあるのですか?」
尚斗は真っ直ぐな眼差しを真っ向から受けて、ないとは言えないと、正直に答えた。
「ないと思いたいが。あいつらがそこまでするとは思いたくないが、分からない」
「そうですか」
寿の平淡な声音に僅かに背筋が凍った尚斗はしかしと言葉を紡いだ。
「俺は今回、神の仕業。いや。正確には、絃の意志だと思っている」
「それは、父親に似ているらしい僕と一緒にいたくないからですか?」
「あー。いや。そこら辺ももしかしたら可能性はあるかもしれないが、それだけじゃなくて」
(どーすっかなー。絃は小さくなっている間の記憶がある事を知られたくないだろうしな)
眉を下げる尚斗と寿を見た銀哉。どんよりする天気に日を差すように分かりましたと言った。
「別行動を取ればいいんですね」
「銀哉さん!」
まさか了承するとは思わなかった寿。弾かれるように銀哉を見たが、銀哉は寿を厳しい表情で見るだけ。
年下の仲間を諭す柔和な表情ではなく、主の命を聞く忍びの顔を見せる銀哉にそれ以上言葉は出てこなかった寿は、尚斗へと身体を向けて、お気をつけてくださいと言った。
それしか言えなかった。
尚斗は寿の肩に手を置いた。体重をかけるように、少し圧を加えて。
軽い馴れ合いでは感じられないその重みに。
主と仕える忍びの重みに、寿は眉根を寄せた。
「悪いな」
「いえ」
「そう思うのならば、同じ事態を招かないように対策を考えておいてください」
しおらしい態度の寿とは裏腹に、手厳しい銀哉の態度に、尚斗は半眼になった。
「そーゆーのを考えるのがおまえたちだろうが」
「ええ。そうですね」
てっきり反論するかと思った尚斗は銀哉の肯定に目を丸くし、次いで、本当に悪かったと口を尖らせて言った。
「竹蔵も、日付盗賊改もいたから、大丈夫だと思ったんだよ」
銀哉は力を入れていた目元を少し和らげてのち、では行きましょうかと、尚斗に視線を向けて、寿の肩をぽんと軽く叩いた。
「ああ、じゃあ一時間後に」
「はい」
深く頷き合ってのち、尚斗は寿と銀哉と別の方向へと走り出した。
何故か予感があった。
純白の間に行けると。
「まじかあ」
いや。予感はあった。あったんだけども。こうあっさりと。しかも。
「絃はここにいなくて。ちっちゃいいとちゃんが短期間で色々吸収して日付盗賊改ばかりか竹蔵も出し抜けるようになったって」
まじかあ。
以前訪れた純白の間に、以前と同じようにいつの間にか来ていた尚斗の眼前に現れたのは、絃が常に持っていた空色の風船で。ぱかりと横一文字に切れ目が入ったかと思えば、口のように開いて、そう告げたのであった。
(2021.10.28)
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