夜露
お手柄だった。金一封と温泉街への招待券を賞与する。幻灰は一度忘れてゆっくり休んで来い。
あの日。『ひまひま屋』で、盗みや暴力などなどの不貞を働いた大量の犯罪者を捕縛した日付盗賊改三人に対しての上司である大番頭、新五郎からの労いの言葉だった。
受け取れない。幻灰を捕縛できてないのだから。金一封なんてもってのほか。減給してくれ。
固辞したのは、貴独りのみ。曇と滝は嬉々として受け取った。
行かないからな。
早速支度を済ませて今日から行こう。
新五郎が部屋を後にしてから即座に行動に移す曇と滝に、何を浮かれているのか莫迦どもめと非難囂々の視線を向けながら、姿勢を崩さない貴。
行かないからな。
行こう行こうと囃し立てる二人を毅然とした態度で制する。
行かないからな。
【明日にでも顔を見に行くからそのつもりで】
実家からの手紙さえなければ、行かなかった断固として。
観光客の多い光景、湯煙立ち込める景色を前に、貴は曇と滝にそう告げたのであった。
都市東風の温泉街、
病や怪我によく効く温泉と冷泉に、取れたての材料を謳う料理を案内、提供する療養地として名高い場所であった。
腕がやばい。腕の震えが止まらない。
そう訴える尚斗に対し、顔色を変えたのは寿だけ。銀哉は平然と言ってのけた。
ただの筋肉痛です。
そして、刻而でさっさと治して来てくださいと蹴り出した、もとい送り出したのだ。
「やばい、寿。まだ震えが止まらん。本当に筋肉痛か。別の病じゃないか?」
「医者の診断をもう忘れたんですか?」
温泉旅館『
調理室と管理室がある母屋を中心にして、和洋折衷の庭を見ながら屋根のある廊下を進んで辿り着くのは、一戸建てで独立している客室十室ある内の一室「露の間」。
畳の部屋の中央にある、掘り炬燵にもなる堀机に腰を掛けていたのは、銀哉に即刻送り出された尚斗と寿、と。
「まだまだお若いですね、若旦那は」
新しい緑茶を四人分の湯飲みに淹れて配ってから、お茶菓子に出されていた栗きんとんを頬張っていた竹蔵に。
「絃さん。僕の栗きんとんも食べますか?」
「……」
無言で首を振った絃。の四人であった。
断られた寿は不安げに絃を注視していた。目は開けているものの、小さい頭が上下左右不規則に小さく動き続けているのだ。
寿は竹蔵に視線を向けた。頃合いを見図っているのだとしても、心配なものは心配なのだ。
(はいはい、そんなに心配しなくても)
寿の熱烈、もとい、鬱陶しい視線に苦笑しながら、栗きんとんを食べ終えた竹蔵は、一緒に昼寝をしましょうねと同意を求めずに絃を軽々と抱きかかえて、隣に建てられている客室である「霧の間」へと向かった。
反論しても無駄だと悟ったのか。よっぽど眠かったのか。
今の絃なら後者だろうと思った。寿も尚斗も。
姿が五歳児になってしまった絃ならば。
姿は。では意識はどうなのか。
未だに言葉を発さず、首を振る事でしか意思疎通を図らないので、判別がつかずにいたのである。
どっちでも構わない。
気楽な姿勢を取っているのは、竹蔵も尚斗も、寿もであった。
「昼寝が終わったら、出店でも巡るか」
「はい」
「寿。悪い。飲ませてくれ。零れる」
「尚斗様」
おいたわしや。
傍目から見て分かるほどに腕の痙攣が止まない尚斗の姿に、涙を呑む寿であった。
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