霾る

「満足ですか?寿」

「はい、すっごく」



 隠れて二人の後を追っていた寿は、同行してくれている銀哉に満面の笑みを向けた。

 銀哉の本日のお召し物は、劫火の炎に寝そべっている麒麟である。



「若旦那様が定められた方より好いた方と一緒になられる事が何より嬉しいですから」

「親が決めた方と一緒になった方が幸福な時が多々ありますけど」

「……若に申し訳ない事をしたのでしょうか?絃さんにも」



 思い当たる事があるのか、寿は若干意気消沈してしまった。張り切り過ぎて、あまり周りの事が見えていなかったのかもしれないと。分かっていたはずなのだが。



「まあ、本人は楽しんでおられるようですし、よかったのではないですか?あの少女も心なしか嬉しそうですし」



 嘘ですけどと内心で弁明した銀哉の言葉を素直に受け取った寿は浮上したようだ。そうですよねと言葉を紡いで、うきうきしている。



(…見ている限りは、嘘をついているようには見えませんが。やはり、若が第一ですか。自身の感情よりも)



「寿。本当にあの少女と若が一緒になって幸せだと思いますか?若と、ですよ」

「……」



 絃に比重を置けと言外に言われてしまった寿の視線の先には、手を繋いだまま、定食屋の前で何を食べるか話し合っている尚斗と絃がいた。すごく、楽しそうだ。二人とも。



「若が何者であろうと、愛し合っているのなら、苦ではないはずですし、僕が必ずお二人をお守りします」



 断言した寿の向けられたその視線の強さに、思わずたじろぎそうになりながらも、銀哉は一つの考えを打ち出した。本人は恐らく、無自覚だろうが。




 寿にとって、第一に考えるのは、尚斗だ。

 忠誠を誓った日から、その思考が変わる事はない。一生。彼が死に絶えるまで。


 寿が嫁をもらったとしても、第一には考えられない。もし、万が一にも、尚斗と嫁を選ばなければいけなくなった時は、迷わずに尚斗を選ぶだろう。


 寿が選ぶ嫁だ。理解はあるだろうが、寿自身がやはり気に病むだろう。


 しかし、尚斗の嫁だったらどうだろうか。尚斗第一思考は変わらないだろうが、尚斗の嫁である。同等に敬い、護ろうとするだろう。第一に、己の嫁よりもよっぽど近くにいられる。



 僅かに背筋が凍る。もしそんな思考を自覚しているのなら。

 想いを告げて離れる両想いになるよりも、一緒にいられる片思いを選ぶとしたら。



(いけません!)



 断固反対。断固として反対する。そんな涙がちょちょぎれる展開おいし、くない。全く。全然。まあ、物語としては有りだけれども。うん。物語として。現実では受け入れられないよ。


 銀哉の目はメラメラと燃え盛った。確かに主は尚斗だが、誰よりも幸せになってほしいのは、眼前のとても素直で可愛い寿である。そんな歪んだ恋情など、持ってはいけません。



「寿。あの少女は若には合いません。占いでも全く見込みがないと言われてしまいました」

「そんなの愛する二人には全く関係ありませんよ」



(まあ、そう返しますよね。想定内です)



「占いではあなたが似合いだそうですよ。いつまでも幸福に満ちた時間を過ごせるそうです」

「銀哉さん。若に何か言われましたか?」

「何か、とは?ああ。例えば、あなたがあの少女に懸想しているとかですか?」



 険しい顔と真顔の視線が交じり合って数秒後。寿はそうですねと肯定した。一応は。



「確かに、僕は絃さんが好き、みたいかもしれないかもしれないです。一緒にいると、胸がほんわかして、嬉しくなって、うきうきします。でも、僕は僕のそんな曖昧な感情よりも若の感情を優先します」

「少女の感情は無視して?」



 鋭い投げ掛けに、刹那、息が詰まる。が、



「若は素晴らしいお方です。絃さんもきっと気付きます」

「世の中には相性という言葉もあるのですがね」

「時間を重ねれば相性になります」

「…君はまったく頑固ですね。では、仮に絃さんがあなたに好きだと告白しても、断るわけですね」

「あり得ない仮想ですけど、そうですね」

「若が絃さんに対して恋情が皆無だったとしても?」

「そうです。僕には、恋愛をする時間はない」

「……なるほど。分かりました」



(若が絃さんを連れて行くと言ったのが)



 寿は自身の想いを漸く受け入れてくれたのかと安堵しているようだが、とんでもない。



(私たちの愛情を思い知る事ですね)



 ふふふと声を出さずに笑った銀哉。寿の背筋に震えた瞬間であった。









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