蜃気楼
二週間後のとある日曜日。午後十二時。
「あの。若旦那様」
「あー。言いたい事はわかる。すっごくわかる」
みなまで言うなと紡いだ尚斗は絃の言葉を察すると、悪いと謝った。
こうして二人切りで出掛ける事、所謂デートをする事に対して。
事の発端は、言うまでもなく、張り切りに張り切った寿である。
食事の並び順を必ず隣り合わせにしたり、尚斗が出掛ける際には必ず絃を同行させようとしたり、どちらかと話していたら横切ったどちらかを引き留めて話に加えさせてから自分はこっそりいなくなったりと、必ず事あるごとに尚斗と絃を二人きりにしようとする。根回しをされたらしい店の者も生暖かい目を向けながら、寿に協力する(尚斗には面白がっている風にしか見えないが)。その結果が、今日に繋がってしまったのだ。
寿だけではこうも早くに、もしかしたら一生、こんな事態を招く事はできなかっただろう。どう考えても、店の者の仕業、もとい強引な後押しの所為である。
尚斗は絃を一瞥した。店の女性たちに着飾られ、化粧も薄らだが施され、髪も結われて簪も身に着けているおかげで、綺麗だと言える身なりになったのだろうが、元々許容範囲外なので、姪っ子がこんなに成長してと喜ぶような感じにしかなれない。
絃は絃で、自分の身なりをあまり受け入れていない節がある。さっさと終わらせた方が無難だと判断した尚斗は手を絃の前に差し出した。
「デートした事がないと俺が嘆き回ったのが不憫だと店のもんが言った事は丸ごと嘘で、寿があそこまで俺たちをくっつけようと張り切っているのは俺がからかった所為なんだが、デート自体には興味があるから紙芝居の準備が始まるまで付き合ってもらえると助かる……俺に気なんてないよな?」
「…若旦那様はとても素晴らしい人格と人望をお持ちのお方ですが、私には過ぎたる人なので遠慮させていただきます」
「うんうん。やっぱ、わかってんな、絃」
尚斗は重ねられた絃の手をやわく握った。やわくて、小さくて、自分より温度が高いと思ったが、高鳴りは皆無。うん。まあ、こんなもんだろ。納得。
「やっぱ、デートの定番っつったら、映画の後のお茶だろうが、観ちまったらそれで時間終了だしな。あっちこっちぶらぶらすっか?」
「…映画でよくないですか?」
難色を示す絃に、にやり、尚斗は笑う。
「ははあん。俺とおてて繋いで仲良く歩いてるとこなんぞ見られたら、俺を慕う女性たちの嫉妬を買う事になるからな。それは避けたいよな」
「仰る通りなので、映画でお願いします」
「却下」
「何故ですか?」
「そりゃあ、俺もデートしているぞって見せつけたいから」
「……若旦那様」
「…何だよその哀れみに満ちた顔は。違うぞ。俺が誘えば女性はこぞって集まるが、そん中から一人だけ選んでみろ。暴動が起きるぞ。その点、絃とは傍目からはデートっつーか、兄妹みたいに微笑ましい感じに見えんだろ。デートだけど」
「……若旦那様は好きになった事がないようですね」
「そーなんだよなー。好みははっきりしてんのに、見当たらないんだよな。至極残念な事に」
「……分かりました。お付き合いします」
「お、今ちょっとドキッとした。告白されたみたいで」
「…若旦那様が如何に恋愛を経験したいかが分かりました」
「…そんな冷めた目で見ないでくれ」
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