第3話 勇者は死にました

「ごぶっ……」


 嘘のように、勇者ハルトの体からおびただしい鮮血が飛び散った。

 そして、その体が大地に落ちた。


「ちょっ……え?」


 あまりの出来事に困惑するお姉。

 その表情を見て、愉悦にわらう魔王スカルプ。


 こいつ……育毛シャンプーみたいな名前のクセに、結構ヤバいヤツじゃん!

 お姉、気を付けて!


 チサの祈りが届いたかはわからない。

 ただ、お姉が今まで見たことないくらい怖い顔で、魔王をにらみつけていた。

 その瞳を金色こんじきに輝かせて。


『ふっ、こんなゴミでも死して悲しみと怒りを抱く者がいるとはな……』

「あなた、もう一回同じこと言ってみなさい……わよ!」

『面白い……なら、やってみせよ。こんなゴミ屑以下の仇を取るつも……』


 ヴォンッ!!!


 魔王が何か言いかけたその時だった。

 磁気を帯びたような音と共に、その腕が肩口から


『ぐぉぉぉぉぉ!』


 苦悶の叫び。

 それが、紫の空に響き渡った。


『ば、ばかな……なぜ、能力スキルが使える……そ、それ以前に、なんだこの力は……貴様、一体何をやった!!!?』

「答える義理も義務もないわね」


 お姉がそう言った瞬間、魔王の額に穴が開いた。


『がぁぁぁぁぁぁ!』

「苦しい? でもね、彼はその与えてもらえなかったのよ!」


 ヴォォォン!


 今度は左腕が吹っ飛ぶ。


『ぐぉぉぉぉぉぉぉぉあああああああっ! に、人間如きに、こ、このわしが……こ、こんな、か、簡単に……』


 ヴンッ!!!


 さらに両足、腹、のど、右の真ん中の眼、左の上と下の眼、


 そして――


 最後に胸から背中にかけて大きな風穴が開いた。


 最期は断末魔すら上げることを許されず、魔王はした。

 お姉の能力ちからの正体を知ることもなく。

 次元ごと魔王の体をえぐる――いや、時空間をこじ開ける転移能力者の裏技で。


 これぞわが姉、舞弦千鳳まいづるちどりの能力『無限召喚ブレーンマスター』の真骨頂だ。


 こうして一つの悪が滅び、薄らと黄色がかった青が空に広がった。


「ごめんなさい……助けてあげられなかった……」


 そうつぶやくお姉の瞳から、冷たいしずくが零れて――




 起き上がった。


「はい?」と、まるで狐にでもつままれたような顔で呆ける姉。


「勇者ハルト、ふっかぁぁぁぁぁぁぁつっ!」

「えっと、一つ質問いいかしら……?」


 そう言って、釈然としない顔で手を挙げるお姉。


「どうぞ」

「あなた死んでなかった?」

「ああ、死んだぞ。そして女神様に授かった能力スキル永久機関リターンアライブ』で復活したん……どぅくぁぁぁいく!」


 どこからのか、馬車の車輪タイヤが空を飛んで自慢げに語るハルトの顔面にクリティカルヒット。


「あたしの涙を返せやゴルァァァァァァァ!」


 お姉の叫びが空しく響く、黄昏時であった。


 おわり

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