第8話 暴れてやるぜ!
でっけえ連中を一通りぶっ飛ばした後、臭いを辿ってやってきてみれば案の定だった。
ラギルスの奴、さてはあのロプトっつーおっさんに化けてやがったな。どうりで臭えと思ったんだよ。気分のいい再会とは言えねえ。
昔から知ってるが、なにせロクでもねえ跳ねっ返りの小僧だからな。
俺は奴を体当たりでぶっ飛ばしてから、とりあえず四足歩行で街中に出た。砂場だらけの荒地になっちまった所で、奴は立ち上がってニヤニヤしてやんの。
「アハハハハ! 誰かと思えば、ゴリラ如きが俺に喧嘩を売るとはなあ。いいか、お前が誰に挑んでいるのかを教えてやろうか? この世で最も強く恐ろしい存在、魔王——」
ごちゃごちゃとうるせえ! 奴がごたくを終える前に、俺は思いきりぶん殴ってやった。ぐにゃりと曲がった顔のまま、またしてもぶっ飛ぶラギルス。ったく、変わってねえよこいつは。
「貴様ぁああ。こうも俺に打撃を与えるとは。さてはただの巨大なゴリラではないな?」
ひん曲がった顔を元に戻したラギルスは、それでもまだニヤニヤする余裕があるようで。
「だが次はない! 次はないぞ」
ん? こいつなんかやる気だな。奴の両手がぐんぐん伸びていく。まるでカマキリの威嚇みたいなポーズは滑稽そのものだけど。体も俺と同じくらいの体格に伸びやがった。
「次にお前が突っ込んできた時が、お前の死ぬ時だ! さあ、来るならこい」
構えたポーズのまま待っている奴を見て、俺はどうにも攻める気がなくなってきちまった。いや、このままだと俺が挑戦者みたいじゃん?
逆だろって。
俺は挑発など相手にせず、四足歩行状態のままそっぽを向いて無関心のポーズ。ラギルスが苛立ってきたのがはっきり解った。
「く! 貴様あ! 舐めているのか。この俺を誰だと思ってやがるんだぁ!」
それでも俺は相手にしない。そもそも相手にするほど強くなれたのか疑問で仕方がない。
「ふん! いいだろう。貴様は唯一のチャンスを失った愚か者ぞ」
奴の体から灰色の光が見える。あれ? これって……。
◆
ラギルスは呆れていた。たかが獣風情が自身に舐めきった態度をとっていること。腕力しかない痴れ者のくせに、最後のチャンスを自ら捨てたこと。
現在の魔王は、自らが練り磨いた魔法を発動させる。それは時を止めることができる魔法だった。一体どのくらい時を止めていられるのかは分からないが、襲いかかる愚物を仕留めるには十分な時間だ。
灰色になってしまった世界で、たった一人彼は動く。鋭い指先をしならせ、野蛮なゴリラ目掛けて一歩、一歩と距離を詰める。
「こんな低能を相手に、我が強大な魔法を使用してしまうとはな。さて、終わらせてやろうぞ」
思えば簡単な相手でしかなかった。振りかぶった切っ先のような指が、図体のでかいゴリラの首目掛けて飛ぶ。
「死ね! この雑魚めが」
喉を突き破る生々しい感触と、突き刺さる血の匂いを満喫するはずだった男は、自分自身の手が届いていないことに気づき違和感を覚えた。
「あ……? どういうことだ……これではまるで」
俺が動けなくなっている? と思案を巡らせているのも束の間、彼は正面にいるゴリラの異変に気がつく。
獰猛な両眼がこちらを睨みつけていることは変わっていないが、瞳から赤々とした光が発せられ始めていた。やがてそれは灰色の世界にヒビを入れ、全てを崩壊させていく。
作り上げた傑作ともいえる秘密の魔法が、あっけなく破られてしまった瞬間だった。
「う、嘘だ!? う……」
「ガアアア!」
唸り声と共にゴリラは怪腕でラギルスの手を跳ね除け、同時に首を押さえつけて地面に倒すと、猛烈なパンチのラッシュが始まった。
「ぐぎゃあああ!?」
あらゆる部位が殴り潰され、訳もわからず打ちのめされていく。ただの打撃ではない。たくましい拳には赤い光が集約している。ラギルスは驚きでパニックに陥り、事態を一層悪化させていく。
ゴリラの拳には攻撃力を上昇させる魔法が付与されていた。しかし、周囲には魔法をかけたと思われる人間はいないし、そもそもこんな巨体に魔法をかけれる存在などいるのだろうか。
「ぶああああ!? おおお」
しばらくして、巨大な怪物は拳を止めて下がっていく。まるで興味をなくしてしまったとでも言わんばかりだ。そして先ほどのようにそっぽを向き、ラギルスのプライドをズタズタにしていくのだ。
「ふ……ふざけるな。ふざけるなよおお!」
身体中が変形しつつも彼は立ち上がる。残された最後の切り札を使う時が、不本意にもやってきてしまったのだ。
◇
俺と元部下(だったと思うが、違ったっけかな)ラギルスの戦いはけっこういい感じに進んでいる。
もうちょっとで倒すせるところを唐突にやめてみた。悔しいだろう。
だが、お前の悔しい気持ちなんて知ったことか。魔王軍も人間も、ぶっ殺しまくった張本人だろ。だったら苦しめてやらねえと。ボインボインにも酷えことしたみたいだしよ。
奴は全身をブルブル震わせると、青白い光を放ちつついっとき姿を消した。以前にもこういう術を使う奴を見たことがある。変化の魔法だ。
自身の魔力や生命力を捧げることによって、遥かに強大な存在になることができる魔法。しかし、当然ながら代償はある。こいつは完全に自分の命を差し出しちまったようだ。
勝っても負けても死ぬ。それでいいのか? もし俺がまだ言葉を喋れるなら聞いただろう。しかし答えは返ってこなかったに違いない。なにせもう一度姿を見せた奴は、四足歩行の雲突くドラゴンになってやがったんだからな。
「ははははは! 殺す! お前も、お前らもまとめて殺してやる! 俺が全ての支配者だ! 嬲り殺しにしてやるから覚悟しておけ」
あれ? 喋れるじゃん。俺が見上げるくらい巨大になってるってことは、これは伝説上でもほとんど見られない魔龍の類だろう。全身が奴の荒んだ心みたいに真っ黒だぜ。
「俺は死なぬ! 変化の魔法すらも超越してみせたのだ。反動など力なきものにしか訪れぬ。さあ、どうだ! 怖いか!? 俺が怖いか?」
ここでカッコいい反論みたいなのをしたいんだが、生憎と喋れねえんだよな。どうすっかなーと悩んじまう。
……とりあえずウンコしよ。
「き、き……さまぁああああ! キメ顔でウンコなんかしやがって! 許さん、ここまで侮辱しやがったお前を、俺は絶対に許さんぞおおおお!」
そんなキメ顔だったか? とか考えているとアイツは大きく体を反り返らせてから、でっかい口からブレスを放出しやがった。黒いやつから吐き出されるブレスは、どういうわけか真っ白でキラキラ光ってやがる。
だが、俺には何も関係ねえ。
さっきは時間を止めようとしたよな? 今度はブレスでこの辺一帯を灰にでもしようってわけか。
誰がお前にそんなことを許した? 俺はさっき時魔法を当てられた時と同じように、ただ奴を睨みつける。
作り上げた魔王術の一つ、強奪の眼光がブレスを霧散させ、奴は目をぱちくりさせて茫然とするばかり。
「ウオッホ! ウホウホ!」
そんな間抜けたか顔面には一発打ち込んでやるべきだろう。走った勢いで跳躍すれば奴の顔になんてあっさりと届く、脳天をかち割る勢いで両拳を振り下ろすと、地面に突っ伏して大穴をあけた。
「ぎいいいい!」
俺は大気中にあるマナたちを取り込み、魔力を高めていく。同時に激しく胸を叩き、遠くで眺めている野次馬どもにアピールも忘れない。こういうの大事だぜ、マジで。
よし。そろそろオッケーということで、高く高く跳躍する。上空に俺よりもでけえ光の魔法陣が出現し、呼び寄せた黒い雷が両拳に降りかかる。全身の筋肉が隆起し、力が高まってきた。
「ガアッ!」
魔竜になろうとも解る。アイツは絶望と恐怖しか頭に残ってない顔をしてた。
最後は怯え、後悔してしまう……そんな奴に魔王になる資格はない。覇者とは常に傲慢で不敵で、恐れを見せることは決してあってはならない。
「それは……アイツの得意だった技だ。お前……まさかお前が、ヴォル、」
俺は振り上げた両拳を握りしめ、奴の顔面にクラッシュさせる直前、上空から半端じゃない爆音がする。呼び寄せた特大の闇魔法が発生した証拠だ。
「ぐあああああああああー!」
流星みたいに落ちてくる漆黒の玉と拳がシンクロし、ラギルスの頭上で大爆発を巻き起こした。俺よりもデカイ図体の龍は禍々しい爆発に包まれ、周囲もろとも消え去っていく。
丸くてデッカイ大穴が出来あがり、つまりはそのままラギルスの墓になったわけだ。俺は勝利をアピールしようとまたドラミングをする。すると怖気づいた魔物たちが逃げていく姿が視界の端に映った。
まあ、あれだけ派手にやっちまえばもう向かってくる気になれねえか。ちょっと暴れ足りない気もしたが、こんくらいにしてやろう。
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