第7話 国王達が慌ててる

 魔王の軍勢は無限に湧いてくるかと思われ、時間が経つほどに形成は不利になっていく。このままでは埒が明かないと考えたセシアとエクレーヌは、騒然としている城内に侵入し、直接王の元へ向かっていた。


 城の中では兵士達が慌ただしく走り回り、彼女達を見向きもしない。それぞれが非常事態への対応で精一杯なのだ。だからこそ、二人はすんなりと謁見の間に入り込むことができた。


「アリスト国王! 失礼致しますっ」


 無礼と承知していたが、とにかく急いでドアをたたき開ける。玉座には震える国王と妃、彼らを守るように兵士達が数名いた。本来ならばここまで手薄なはずはない。


「な、何だ無礼者!? 貴様は追放したはずであろうが。勝手に我が城内に舞い戻ってくるとは何事だ!」


 エクレーヌは少し意外そうに隣にいるセシアに視線を移す。


「はい。私は王にお会いする資格など、既にありません。ですが! 今は一刻を争う事態なのです! エクレーヌ」


 話を振られ、褐色のエルフは一礼をすると跪いた。


「恐れ入ります国王。私はエクレーヌと申す者。この国は直ちに崩壊した結界の修復をする必要がございます。私は結界術にも心得があります故、何卒霊園へ向かう許可を……」


 アリストは顔を青くして首を横に振る。彼は今この事態を信じることができず、また突如として来訪した二人も信じられない。

 全てを疑い、全てから目を逸らしたかった。


「ならん! ならんならん! 貴様のような何処の馬の骨とも知れん奴を霊園に入れるだと!? 寝言をほざくな! おいお前ら、こいつを早く放り出せ」

「く……」


 やはり聞き入れられなかった。エクレーヌはセシアに申し訳ない気持ちになりつつも歯噛みするしかない。


「おやおや、お客人ですかな。んん? 誰かと思えば、無能なゴリラを庇っていた騎士ではないか」


 謁見の間の扉が開かれ、見知った顔が現れた。大臣であり防衛の細部までを任されていた男ロプトだ。優雅に、まるで外で起こっている殺し合いとは無縁とばかりにのんびりと足を運んできた。


「ロプト! お主、遅かったではないか。一体どうなっておる!? これだけの魔物に攻められているのだぞ!」


 アリストの狼狽した声が部屋内に響き渡っているが、ロプトは動じる様子がない。セシアもまた焦っていて、エクレーヌはじっと大臣を務めている男を見上げていた。


「結界が崩壊してしまったようですな。そして機を待っていたかのように、魔物達が群れをなして襲いかかってきたということでしょう。まあ、想定内ですよ」

「想定内? 一体、何を仰っているのですか?」


 セシアにはロプトの言葉が信じられない。決してあってはならない事態に陥っている。これは責任者は極刑を免れないほどの失態だろう。国王もまた彼の発言に目を剥いた。


「どういうことだロプト! 説明をしろ」

「ですから、想定内だと申し上げました。霊園を守っていた守護神は去り、結界の力は大きく弱まってしまい、魔物達の魔法攻撃により破壊されてしまった。これは予定どおりのなのですよ。まだお分かりになりませんか?」


 エクレーヌがハッとした顔で立ち上がり、瞬時に背中に預けていた刀を抜いた。セシアもまた驚愕しつつも剣を向ける。


「貴様! まさか……」褐色のエルフは、ただならぬ予感で額に汗を浮かべる。


 大臣の顔が青白く変貌し、体は大きく伸び上がり始めた。やがて悪魔そのものといった姿に変貌し、不気味な笑顔を周囲に振りまく。白い髪は長く捻れており、彼の性格を表しているようだった。


「ろ、ロプト!?」

「くくく。ロプトなどという者はとうの昔に殺しておる。我が名は魔王ラギルス。お前らは面白いように、俺の手に嵌ってくれたなぁ」


 青白い全身はまるで木の枝のように細長く伸び続け、指先は針のように鋭いようだった。エクレーヌは手にしていた刀を構え、ロプトのふりをしていた悪魔めがけて走り跳躍した。


「貴様という男は、もう許すわけにはいかぬ! 死んで……くい改めろぉおお!」


 エクレーヌの気合に満ち溢れた上段からの一撃が決まる瞬間、何かに跳ね返された。まるで馬車に正面から轢かれてしまったかのように吹き飛ばされ、床に叩きつけられて無様に転がる。


「ぐ……」

「フハハハ。その程度かぁあ。もっとやれるだろう。エクレーヌよ」


 ラギルスは右の掌を彼女達に向けていた。透明な魔法の壁が一瞬だけ輝き、それが刀の一撃を弾き飛ばした正体だと誰もが気づく。


「だったらぁあああ!」


 次に突っかけて行ったのはセシアだ。剣をしまい、持ち前の腕力を十分に生かせるであろうメイスを振り上げて魔王へ向かう。


 魔法で作られた壁を、彼女は何度も何度もメイスで叩き続ける。まるで取り憑かれたように一心不乱に打ち込む様は、アリスト達を呆然とさせていたが、やがて兵士達が活気付いて彼女に続いていく。


「女騎士に続け! 我々もあの壁を破壊し、ふとどき者を成敗する!」

「おお!」


 兵士達がセシアの隣にやってきて、同じように魔法の壁を叩き始めた。ラギルスは呆れて苦笑いを浮かべるしかない。


「無駄だということが解らんのか? たわけめ」

「ヴォルフ様! お下がりください」

「……は?」


 現魔王は自らの耳を疑った。ヴォルフだと? あの魔王ヴォルフと呼んだのか? ラギルスはエクレーヌの一言で頭が真っ白になり、粉砕されるはずがないであろう壁にヒビが入り出したことに気がつかず、急激な突撃を食らうことになってしまう。


「だああああー!」


 ギリギリでメイスは持ち堪え、魔法壁の消滅と同時に砕け散った。同時に背中に預けていたバスタードソードを構え、今度こそラギルスの首を狙う。細く長い首など、ひとたまりもなく切断されると誰もがそう思った。


 アリスト達は決して瞬きをしていない。しかし彼は、予想していた光景とはまったく違う展開に理解が追いつかない。


「あ、う!?」

「ヴォルフ様……ぐあっ!?」


 兵士達は誰もが斬り裂かれその場に倒れ、セシアとエクレーヌもまた血を吐いて地面に伏している。


「いやあ、なかなかやるじゃないか。まさか私に奥の手を使わせるなんてね。しかし、お前が本当にヴォルフであるのなら、ざまあないな! ええ!?」

「ひあ……ぐう!」


 うつ伏せに倒れたセシアの頭を踏みつけ、魔王は残忍な笑みを浮かべ愉悦に浸っていた。


「ああ、ああ気持ちいい! あのクソ野郎を何度こうしてやりたかったか。そこで転がる兵士どもとは違い、お前とエクレーヌは急所を外している。どうしてか解るか? なぶってから殺さなきゃ気が済まないんだよぉ! フハハ! アハハハ!」


 立ち上がることもできないセシアの頭を何度も蹴りながら、魔王は笑い続けていた。アリストと妃は恐怖に震え声も出ない。エクレーヌは呻きながらも、醜態を晒す怪物を睨みつけた。


「この下衆め。ヴォルス様に触れるな」

「ふん! 下衆は今地べたに這いつくばっているコイツだろうが。ただ傲慢で、俺より多少強かった程度の奴だというのになぁ。しかし、今は俺のほうが強い! お前はただのクズに成り下がったのだ! さあ見ろ、見ろエクレーヌ。お前が心酔していた奴を殺してやるぞ! 目の前でなぁー!」


 あらんばかりに声を張り上げる現魔王が、鋭い右手を振り上げた時、未だ力が入らないエクレーヌはよろけつつも立ち上がり凶行を阻もうとする。

 しかしその手は無慈悲にも振り下ろされ———、


「ウホッ! 」


 ——たと思われたが、寸前で屋上から落下してきた巨大な体に、ラギルスは吹き飛ばされ宙を舞う。よろけつつもエクレーヌはセシアを受け止め、そのまま床に転んでしまった。


 まるで天を突くかのような巨体が、ラギルスを見下ろしていた。


「お前……宮廷守護神か!?」


 ラギルスはくるくると回りながらも、すんなりと赤い絨毯の上に着地しようとしていたが、その隙すら与えてやらないとばかりにゴリラが突進し、城壁ごと突き破って外へ押し出される。


「ぐあああ!? こ、この化物」


 エクレーヌが唖然としていると、アリスト達はいよいよ怯えて部屋から逃げ出そうとしていた。


「ひいいい。もう、もう嫌だぁあああ」

「助けてええええ。あなた、早く早くぅ」


 しかし、そんな二人の逃げ道をエクレーヌが塞ぐ、左手にはまだ刀が握られていた。


「逃げてはなりません。長たる者が尻尾を巻いてしまったら、国はどうなりますか?」

「う、うるさいうるさい! いいからそこをどけ! 処刑にしてやるぞお」

「誰が僕を処刑するというのでしょう。腕ずくでというのなら、試してみますか?」


 その一言に、アリスト達の恐怖の対象が目前にいるエルフに変わる。二人は腰を抜かしてへたり込み、今にも気を失わんばかりだ。


「あなた方が選択を誤り、国が滅びかけているのです。何としてもこの危機を凌がねばなりません。それがあなた達の義務です」


 それだけ言うと、エクレーヌは倒れたまま動かないセシアの側でしゃがみ込み様子を見る。確かに急所は外れているが、度重なるラギルスの打撃を喰らい、結局は瀕死に陥っている。


「私の魔力を全て使えば、きっと助かる。きっと……!」


 彼女は自らの全てを振り絞り、セシアを救おうとしていた。

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