第5話 俺のバナナがー!

「この辺りにいらっしゃるはず……」


 長い銀髪を後ろで束ねて、切れ長の瞳と耳をしている。褐色の肌をハカマって奴で包んでやがる。何だったかな、東洋のどっかにある国に観光した時、気に入って大量に購入したんだったか。


 ちなみに奴の名前はエクレーヌ。エルフ族であり俺の元部下だ。左肩を怪我していたようだが、右手で治癒魔法を使って完全に傷口を塞いでいた。回復も攻撃も得意で知恵も回る。なかなかに有能な奴なのだが……。


「だ、誰だ!? そこで何をしている!」

「……む? あなたは……!?」


 ハカマの裾から出てる左手には、どっかで見たような黒いオーブが握られていて、紫色に点滅しているようだ。何の魔道具だったかな。忘れちまった。


「間違いない! この反応は、我が主の魂が近くにある証拠。もしやあなたは……い、いや! あなた様は」


 あ、思い出したわ。確か会いたい奴の魂の位置が分かるとか言うオーブだ。


「魔王ヴォルフ様ではありませんか!? 私です! あなた様の右腕、エクレーヌでございますっ!」

「う、ウホッ!?」


 やべ! 思わず声が出ちまった。まさかこいつ、俺を追いかけてきたって言うのかよ。まさかバレないよな……俺今ゴリラだし、もう魔王軍束ねんのはめんどくせえから嫌だぞ。


「ちょ、ちょっと!? 何? 何」


 なんて俺が狼狽していると、いきなりセシアの前で片膝つきやがった。


「魔王軍幹部として仕えていた僕には解ります。性別が変わりまるで雰囲気が違いますが……内から漂う気高いオーラ。ヴォルフ様の生まれ変わりに相違ありません」

「へ? ヴォ、ヴォルフ!? 私が。あの伝説の大魔王の!?」


 ちょっと待てよ。気づくのが遅れちまったが、こいつセシアを俺だと勘違いしてやがるのか。


「はい。突然のことで困惑されているかと存じますが、この魂のオーブが反応していることが何よりの証拠です。このオーブは、逢いたい人の魂の所在を伝えてくれる代物なのです。私が念じたのは主であった魔王ヴォルフ様。その反応がここにあったということは、もう間違いありません」


 本当は俺に反応してんだけどな、そのオーブ。まあいいや、丁度ボインボインがここにいたのは都合が良かった。


「あばば!? きっと何かの間違いだよぉ。お姉さん、だって私とあなたは初対面だし」

「きっと前世の記憶を失っておられるのでしょう。しかし魔王様は特別な力をお持ちです。時期が来ればきっと僕が申していることも理解されるでしょう。ただ……今は時間がありません!」


 突然声を張り上げたエクレーヌは立ち上がると、周囲をキョロキョロしてやがる。こんなに落ち着きがないのも珍しいな。


「時間がないって?」

「落ち着いて聞いてください。ルフ国は現在侵略をされる直前です。今夜にも領地は戦場と化し、多くの命が奪われるでしょう。そしてルフ国と親睦関係にあり、非常に近い位置にあるこの土地も、同じく侵略を受けるに違いありません」


 すげえこと言い出しやがった。俺はとりあえず四足歩行になり、そっぽを向いたまま聞き耳を立てる。


「ええー!? 何を言っているの。突然そんなこと……」

「嘘ではありません。魔王軍はすぐそこまで迫ってきています。ルフ国に張り巡らされている結界が破壊できることを知っているからです」


 ああ、それは確かに。理由は簡単で、結界を補強する力を備えた俺が、宮廷から追い出されたからだ。


「あ、あのさ。さっきの話ぶりを聞く限りだと、あなたも魔王軍なんだよね? どうして私にそのことを伝えにきたの」

「……私は魔王軍でしたが、逃げ出してきたのです。今軍を束ねている者は、欲に取り憑かれた亡者のような男。彼の邪魔だった僕は命を狙われてしまいました。既にヴォルフ様の納めていた頃の素晴らしい軍ではなく、ただの悪辣な集団に成り下がり、」


 エクレーヌの話が続いていた時、空の上にいくつもの輝きが見えた。やがてそれは彗星みたいに飛んできて、多分この大陸のいろんな所に落下してる。

 うるせー! マジすげえ爆発音じゃねえかよ。近所迷惑どころじゃねえぞ。


「きゃああ! ちょっとちょっと、どうなってんのこれ!?」

「奴らが、魔王軍がとうとう攻撃を開始したようです! ヴォルフ様、とにかく逃げましょう」

「わ、私ヴォルフじゃないよ、きっと。セシアっていうんだけど」

「ああ……まだお気づきにならないとは! このまま……危ない!」


 どんどんこの地に彗星は落ち続けてる。どうやらそのうちの一つが、あろうことか俺のテリトリーに落ちやがって、エクレーヌは必死でセシアを庇いつつ飛んだようだ。


「あいたたた。ほ、本当に攻められている感じ!? どうしよー」

「逃げなくてはいけません。早くしなければあなた様のお命が」


 け! 俺は別に問題ねえや、とか思っていたんだけど、ボインボイン女がなんか気になることを言い出した。


「でもでも。レックスやここのみんなを置いて逃げるなんてできないよ。皆殺しにされちゃうんでしょ?」

「皆殺しになるかどうかは不明ですが、廃園は間違いないでしょう」

「じゃあ食糧とかも無くなって、みんな餓死しちゃうんじゃないの!? ルフ国に手配していたビッグバナナとかも、きっと配給できなくなっちゃうよ!」


 ああん!? ちょっと待てよおい。俺の好物のビッグバナナがこねえだと! おいおいおい。それは許せねえぞおい!


「仕方がないのです。さあ魔王様、私と共に二人だけの逃避行をしましょう」


 勝手に話進めんな! 畜生、こうなったらバナナだけでも回収してやる。俺は指先から黒い光の玉を作り出して霧へ変える。話が必要になると面倒だからこいつらも連れていこう。


「え? この霧って、もしかして」

「魔王様? この黒き霧は……やはり!」


 エクレーヌが何を納得してるのか知らねえが、とにかく俺は王都まで移動魔法を使うことにした。

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