第4話 なんか来やがった!
俺が動物園とやらで生活するようになってから二週間が経った。
いやー、めっちゃ快適じゃん。最高のゴリライフだぜ。
飯は取れたての新鮮な野菜に果物、草だってそこら辺の野草とかじゃなく、それなりに栽培された奴だ。俺のフロアもジャングルジムっぽいところとか、ちょっとした小山みたいなやつがあったりで、運動するにも十分だ。
ただ、ちょっとだけ不満があるとすれば、この周りにやってくる人間どもがなぁ。
「凄いー。ママ、すっごく大きなゴリラさんがいるよ」
「本当ねえ、何を食べたらこんなに大きくなるのかしら」
「イケメンだなぁ、なんか目が人間みたいだぜ」
「こっち向いてくれないかな。おーいレックスー」
ここにやってきてからというもの、人間どもがわんさか集まってきては俺を見て歓声上げてやがる。全くうるさい奴らだ。どれ、ちょっと脅かしてやるか。
俺は前傾姿勢から二本足で立ち上がると、胸を叩いてやった。
ポポポポン! って軽快な音が園内に響き渡っていく。
「うわああ! あれがレックスのドラミングか。すっげえ迫力!」
「わあー。パパ、今のカッコよかったよ! 何で胸を叩いてたの?」
「ああ、あれはね。俺はここのボスなんだぞ! みたいな誇示行動だったり、親愛行動だったりとかいろいろ、」
なんか益々うるさくなっちまったな。ったく、まあいい。魔王の時は働き詰めだったし、これからは食っちゃ寝して毎日を怠惰に過ごしてやろう。
そんな決意を固めて昼間はただゴロゴロと過ごしていたんだが、夜になってちょっとばかし変わったことが起きた。もう退園時間を過ぎているからか、従業員のおっさんがチラホラいるだけなんだが、今日はアイツがやってきた。
「レックスー。こんばんは。元気してた?」
金髪ボイン元女騎士だ。ニコニコしながら手を振ってやがるが、俺はとりあえず寝たふりを決め込む。どうやら飼育員モブタスが連れてきたらしーな。奴の声も聞こえる。
「レックス君はいつも元気にやっていますよ。騎士様、本当に彼を連れて来て下さり、ありがとうございます!」
「いえいえ。私はただ、この子を外で一人ぼっちにしたくなかっただけで。こちらこそ感謝してます」
「レックス君がきてから、この動物園はお客さんがかなり増加しました。大きな声では言えませんが、経営が傾いていたので、まさに救われたところだったのですよ」
「えええ。そんなに危なかったんですか?」
飼育員のおっさんはなんか疲れた顔で俯いてる。苦労人って言葉がピッタリくる容姿だわ。
「はい。実は大人の事情と言いますか、食料などはアーバン国からではなく、ルフ国から送っていただいているのですが、手数料などをとても高く取られていまして。あ! いけないいけない。愚痴ってしまいました」
「いえいえ! お気になさらず。とにかく良かったです。うちの子がお役に立てて」
いつまでも子ゴリラ扱いしやがって。中身はお前よりずっと年上だぞ、と伝えたいが……ウホッ! しか言えないのが悲しいところだ。
「それではごゆっくり、私は向こうで掃除してますので」
モブタスのおっさんの足音が遠くなっていき、ボインボインは一人になったようだ。
「みんな君のことを大歓迎してるみたいだね。良かったじゃん! そうそう、私ね、もうちょっとしたら実家へ帰ろうと思うんだ」
こいつ俺が寝ているのに話しかけてくるのかよ。実は生まれ変わった時から知ってるから、付き合いが長いっちゃ長いが。友人判定をされてるのかもしれん。
「父上と母上に本当のことを告げたら、きっと怒られちゃうかな……。騎士を辞めたこと、まだちゃんと報告してないの。昔から、私は出来が悪くていつも怒られていたし」
チラリとセシアを見ると、柵を両手で掴んで体をユッサユッサしてやがる。暇つぶしの行動みたいだけど、揺れるなぁホント。何処とは言わないが。
「本当のことを言うとね。実家に帰るのも気が進まないんだよね。でも、他に私には仕事が見つからないし」
今日はちょっとばかし暗いなこいつ。俺は起き上がり、近くに生えてた長い葉っぱを指で摘むと、柵の近くまで腕を伸ばして、金髪の頭に乗せてふさふさしてやる。
「わあっ!? え、何これー。葉っぱで撫でてくれてるの?」
暇だからからかってるだけだ。
「えへへ! ありがと。私、これから大変かもしれないけど、新しい仕事を見つけて、」
ボインボインが微笑を浮かべてなんか言いかけた時だ。いきなりなんだよって思うくらい唐突にそいつはやってきた。
夜空に赤い小さな光が一つ。それは勢いよく降り注いでくると、爆発を起こすわけではなく優雅に着地を決める。魔王軍の飛行魔法か。
「え? なになに……もしかして!」
セシアの奴は方向音痴だが、戦いの勘はいいかもしれん。木々の間に隠れた何かを察知して剣を取り、さっきまでとは違いわりかし凛々しい顔で構えてやがる。両手に持ったバスタードソードは、こいつの力なら紙みたいに軽く振れるだろう。
「何者か! 隠れてないで出てこい!」
おお! ちゃんとカッコイイセリフ言えるじゃねえか。どれ、ちょっと見物してみよ。俺はあぐらをかいて事の顛末を見守ることにした。
だが、すぐに嫌な予感がさーっとデカイ背筋に広がっていったんだよ。木陰から出てきた奴を、俺は覚えていたからだ。
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