第3話 俺が去った後の城と、元部下の話

 レックスが追放されて一週間後、ルフ国宮廷ではロプトとアリスト、妃らが食事をしていた。広い室内はシャンデリアがいくつも設置され、床には赤色の最高級絨毯が敷かれている。


「いやはや。この国の疫病神が去ってはや一週間。スッキリしたものですな」


 ロプトの言葉にアリストは上機嫌にうなずき、ステーキにナイフを入れていく。


「ああ。全くだ。ところでロプト、国の警備に変わりはないか? あの下等な騎士めが騒ぐものだから、いささか気にはなったが」

「セシア如きの戯言を、あなた様が気にかける必要など露程もございませぬ。我が国は安泰そのものです。魔物の侵略で滅ぼされている国もちらほら見かけますが、我々には何の心配もいりません」


 大臣の話に疑問を持ったのか、妃が口を挟んだ。


「ふぅん。他国と私達の国の違いはどこにあるのかしら?」

「我らがルフ国は、結界の中に何重もの城壁を設置しているのはご存知でしょう。精強な兵士達も大陸一の数を所有しております。兵器面におきましても、弓や剣や槍は世界的に見ても最高基準を取り揃えています。また、万が一の際には、切り札となる魔導砲もございますので、」

「うふふふ。素晴らしいわ。やはり私達の国は最高なのね!」


 アリストは上機嫌になり、自然と口角が上がっていた。


「その通りだ。この私が支配してるんだからね。万が一でもありえないよ。守護神ゴリラなんていう、くだらない風習に従う必要なんてないのさ」

「もはや何の問題もないことは明らかです。では、私めは更なる我が国の発展の為、いくつか準備をさせていただきとうございます。次に宮廷に参りますのは一週間後になりますが、どうかご容赦を」


 国王は大臣の話を聞き、一つの計画を思い出していた。リフ国とは異なる大陸への侵略、領土を今よりも広げ資源を手にする計画を練っていたのだ。


「くくく! お前は本当に優秀だなロプトよ。では、頼んだぞ」


 大臣は一人食事の間より消えていく。誰もがレックスを追放したことを正しいと信じて疑わなかった。しかしこの頃、少しずつ不穏な足音が迫っていることに、彼らはまだ気がついていない。


 ◆


 大地は枯れ果て、空はいつも淀みがかった雲に包まれている。灰色の大地には魔物達が絶えずひしめいていた。夕刻になり魔王城は急に慌ただしい動きを見せている。ここ数十年となかった、血生臭い戦乱の匂いがする。


「お待ちくださいラギルス様、ラギルス様! く、離せこの無礼者っ」


 謁見の間で一人の女が叫び、大柄な二足歩行の狼戦士達に押さえつけられている。黒い玉座に座り足を組んでいる男は、青白い肌と曲がりくねった長髪をしており、枝のように細い体をしていた。


「お考えを改めて頂けませんか!? 今ルフ国に攻め入るなどと、正気の沙汰とは思えません!」

「エクレーヌ。なぜ貴様は我の決定事項に異を唱えるのだ? 臣下のエルフ如きが増長したのではあるまいな?」


 女は褐色の肌をしたエルフであり、長い銀髪を後ろで結っている。切れ長の目が焦りで狼狽していることは明らかだ。


「ルフ国には守護神が今も存在しており、その結界はどのような策を用いても突破できるものではありません。そしてもう一つ、あのお方がおられるのです。僕がとうとう探し出した、魔王ヴォルフ様の生まれ変わりが!」


 必死の叫びに、ラギルスの眉間が微かに動いた。


「ヴォルフ? ……貴様は何を抜かしておる」

「これは世迷いごとではありませぬ。我らが至宝の一つ、魂のオーブの導きにより、間違いなくルフ国にヴォルフ様が存在していることが証明されたのです。オーブの導きに間違いはありません。まずはヴォルフ様を迎え入れてから、」


 ラギルスは表情のなくなった顔で天井を仰ぎ見た。心ここにあらずといった表情が、やがて恍惚としたものに変わっていく。


「なんとなんと……あのヴォルフの魂を持つものが存在するというか」

「はい! ですからまずは救出に向かわねばなりません。今すぐ僕が」

「いいや、救出に向かう必要はない」


 エクレーヌは魔王の発言の真意が掴めず、言葉が止まった。


「もし本当にヴォルフの生まれ変わりというのなら……この程度の戦乱など、どうということはなかろう。ルフ国への侵攻は予定どおり、本日これより実行に移す」


 漆黒のローブを纏う兵士達が無言で首を縦に振り、その場から音もなく消える。褐色のエルフは華奢な体が震えていた。


「何故です!? 魔王様がいらっしゃるというのに、被害を覚悟で攻め入るとおっしゃるのですか!?」

「エクレーヌ。貴様、不敬にも程があるぞ。今の魔王は誰だ? この俺だろうが。昔の傲慢なだけだった奴がいるからと言って、何を遠慮する必要がある。奴が死んだところで俺達の知ったことではないわ」


 エルフの瞳が見開かれ、目前の存在への怒りが溢れる。


「今なんと?」

「過去の遺物がどこぞで野垂れ死のうと、我々には関係ないと言ったのだ! そして結界についても対策は既に練っておる。だからエクレーヌよ。お前も安心して、その長い長い生を終わらせるがよい」


 彼女はハッとして周囲を見渡した。いつの間にか黒い甲冑に身を包んだ魔界の兵士達が、音もなく近づいてきている。


「く! 舐めるな!」


 エクレーヌは全身から魔力を発火させ、狼戦士達の拘束を逃れると、そのまま謁見の間から駆け足で逃げ出した。


「逃すな! 奴は反逆者だ。殺せ! 地獄の果てまでも追いかけて、必ず息の根を止めてみせよ」


 ラギルスが命じると、黒い騎士達は無言で従い、逃げたエルフを追いかけ始める。魔王は満足げに笑った。


「くくく! さて、そろそろ始めようか。世界の覇者となるために、まずはあのルフ国を潰す。せっかくの晴れ舞台だ、俺も直々に出陣しようぞ」


 新しい魔王には絶対の自信があった。自分こそが世界を支配できるという、積み重ねてきた研算による自負が、今動くべきだとしきりに心の中で急かし立ててくる。


 何万という怪物達が魔王の領域から、海を挟んだルフ国への侵攻を開始したのは、それから間も無くのことである。

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