第2話 ほほう、これが動物園か

 謁見の間から運び出された俺は、檻ごとデカイ荷車に乗っけられた。城の物知りな騎士いわく、俺はグレイトゴリラっていう希少種らしい。普通のゴリラの何倍も体格がデカいんだと。


「ごめんねレックス。私、君の追放を阻止できなかったよ」


 檻でぼーっと遠くを眺めていたらボインボインセシアが話しかけてきた。言葉は勿論理解できるが、俺はできる限り反応しないようにしてる。だって言葉通じるってバレたら面倒そうじゃん。


「でも安心して! とっても安全で平和に暮らせる所を見つけたの。アーバン国にある【動物園】に連れてってあげるからね」


 ああ、動物園か。聞いたことはあるな。まあいい、俺はぐーたらできるなら何処でもいいんだ。


「もう伝書は送ってあるから、行けば迎え入れてくれると思うの。私は君を送ったらお別れになると思うけど、寂しくなんかないからねっ」


 あれ? なんかコイツ泣きそうになってないか? なんだなんだ、そんな気概で転職できるのか。ちょっとだけ気合入れてやるか。


「ウホッ! 」


 ドン! と奴を睨みつつ檻を叩いた。もっとしゃんとしやがれ。


「ひゃあっ!? レックス……」


 コイツ益々涙目になってきたな。湿っぽい空気は苦手なんだよ。


「心配してくれてるんだね。ありがと!」


 ……あん? ちげえよ。セシアはどうも勘違いするきらいがあるんだ。それにしても、俺を運搬する雑兵どもと馬はまだ来ねえのか。まあ、相当な数が必要だろうから、準備に時間が掛かっているかもしれん。


「よし! じゃあ行くよ。ちょっと揺れるかもしれないけど、我慢してね」


 セシアはやっと俺の喝が伝わったのか、荷車の前に向かっていった。檻の鉄棒を掴んでフラフラしてると、ゆっくりと荷車が動いてきたのが解る。


 ようやく雑兵どもがやってきやがったか。ん? いや、誰もいないな。


「ふううううううん!」


 何か前のほうで唸り声がするんだが。


「んんんんん!」


 気になって前を見ると、たった一人で荷車を引っ張る金髪の姿があった。

 お、おいおい。もしかして俺を運搬するのって、お前だけでやんの?


「えええええええいいいいい!」


 馬鹿ヤロ! 人間如きが無理に決まってんだろうが。何キロあると思ってんだよ。俺は象より重いからな!

 しかし、徐々にではあるが……動いてるんだけど。


「ぬぬぬぬぅううう!」


 マジかよ! あり得ねえ馬鹿力だよ。それにしても一人も手伝いが来ねえとはな。つまりあれか……俺もセシアも、何の手伝いも約束されずに放り出されたってことか。ひっでえなおい!


 ……っていうか、本気でこのまま動物園まで連れて行くつもりか。実は長い付き合いなのだが、この女はちょっと脳筋すぎる。


 静かに呆れつつ、俺は小さくなっていく城を眺める。


 実はさ。

 宮廷でのセシアの話って、あながち間違いでもなかったんだ。この国には俺がやってきてから、何度か魔物達が侵略しようとやってきたことがあった。


 結界は俺がいるおかげで硬いし、めんどくせーから睨みもきかして追い返してやってたんだけど、俺がいなくなったら侵略されるんじゃねえのか。


 大丈夫かホントに? まあ、どうなっても知らんけど。


 ◇


「ふぅううううううううん! はあはあ。けっこう進んだねー。ちょっと休憩しよ」


 あれから三時間くらい経った。セシアはマジで一人で荷車を引っ張り続けていやがる。思っていたより進んでるから驚きだ。意外にやる奴なのかもしれん。今はゴロン、と荷車の檻近くに寝っ転がってる。


「あーあ。でもおかしいなぁ。動物園、そろそろ見えてくる頃だと思うんだけど」


 そう言いつつ地図を広げていた。どれどれ、ちょっと盗み見てやろう。どうせ暇だし。


 ……ああ!? ちょっと待て。コイツ……。


「あれ? どうしたのーレックス。もしかしてご飯欲しくなっちゃった? もうちょっとだから待っててねん」


 待っててねん、じゃねえよ! お前、明らかに反対方向に進んでるじゃねえか!


「よーし! しゅっぱーつ」


 前向きなのは認めるが、死ぬほどの方向音痴だ。


「はああああああんんん……」


 で、ちょっとの休憩後に移動は再開されたわけだが、いくら叫んでみても伝わるわけないしなー。喋れないって面倒だわ。コイツに任せていては目的の動物園とやらに辿り着けん、絶対に。


 というわけで今回だけだ。今回だけ手伝ってやる。

 俺は寝っ転がりつつ、右手の人差し指から丸く黒い光を発生させる。


 実は、転生してから保持されていたのは記憶だけじゃない。こうして魔王だけが使用することのできる【魔王術】も継承されたままだったのだ。

 魔王術っていうのは、ある程度自分の好きなように魔法を作り上げ、そいつを使うことができるっていう俺専用術だ。

 世界中のマナや精霊が定めたルールではなく、俺が奴らを従わせることにより使用する魔法。傲慢の塊だとか勇者どもに言われたっけ。あん時はムカついたが、今となっては懐かしいぜ。


 今から使用するのは黒霧こくむ。黒い霧が霧散するように見えることから名前をつけた。


 黒い光の玉は瞬時に荷車とボインボインを包み込み、そのまま漆黒の霧へと変わる。そして瞬きよりも早く地図にあった場所へ転移した。


「はむうううううううん! ん? え……え」


 どうやら金髪ボインボインも気がついたらしい。ぼーっと周囲を見渡してやがる。それにしてもこれが動物園か。普通にただの森かと思ったら違うようだな。


「なになに!? いきなり全然知らない場所にたどり着いちゃったんだけど。え、ここが動物園?」


 多分そうだ、さっさと中に入れ。いつまでも檻に入れておくんじゃねえよ俺様を。

 おっと、どうやら園内からおっさん数名が走ってきたぞ。


「こんにちは。あの……グレイトゴリラを運搬してくださった騎士様ですか?」

「あ、はい! 騎士セシアです。この子を迎えて入れてくれるとのことで、ありがとうございますっ」

「私は飼育員のモブタスです。我々こそ感謝の気持ちでいっぱいです。あの希少種ゴリラが我々の動物園に来たとなれば、大賑わいになること間違いありませんからな。はっはっは」


 おっさん、なかなか気持ちいい顔で笑うじゃねえか。

 とまあ挨拶もそこそこに、奴らに運搬されて行ったわけだが、この動物園とやらはジャングルっぽく見えるけど人が入れる歩道があったり、開けた丘陵があったりして、広くて多彩な所のようだ。


 自分で言うのもなんだが、馬鹿デカイ俺を運ぶわけだから、もうそれはすげえ数の馬に引っ張らせている。その間、方向音痴騎士は呑気に動物観察を楽しんでやがった。


「すごーい。みてみてレックス。キリンさんやライオンさんがこっち見てるよ。君のこと歓迎してくれてるのかもね!」


 うむ。確かに奴らはこちらに視線を向けているが、歓迎というか怯えている。


「あ! 普通のゴリラがいるー。ほらほら、あそこだよ」

「ウホ」


 面倒くさいので一回くらいはリアクションしてみる。後は知らん顔しとこ。


「あー。レックス、やっぱり嬉しいんだね! お友達になれるといいね!」


 コイツは俺の気持ちがちっとも解ってねえな。まあしょうがねえか。

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