第11話 キャット・ファーザーⅢ

 胡麻太とキナコが遠足気分で来た道中、どうやら大回りもしていたようで、大福の足に合わせて真っすぐに、狗尾草の草原を駆けていくと約半分の時間で再び争いの川原に戻って来、胡麻太とキナコはまるで狐に抓まれた心持ち。


 その川原、白雲に昼寝でもしていろと言われた虎次郎は他所に移動するでもなく、いずれ姿を現すという大福をその場そのまま身を横たえて待っていた。少し離れた彼の場では東雲の髭を揺らした風がここでも吹き過ぎて、心地よさに思わず眠気を誘われるが、惰眠をむさぼる場合ではないと前足を組み直して気を引き締める。


 そう、己が二度と戻るまい、そう決めていたはずの故郷に戻ったそのわけは。


 猫の髭、風に揺らせばその持ち主に深い自省をもたらすものとは、これは人にはうかがい知れない猫の秘密。考えに沈む虎次郎、その先端だけ雪のように白い耳がピクリと動いたのは近づく他猫の気配を敏感に感じ取ってのことだった。


「大分懐かしい風景だ、この前来たのははて、何年前になるものか」

 大福は目を細めて辺りを見回す。

「前にも来たことがあるのですか」

 物怖じせずに尋ねるのは前足を咥えられた衝撃から、狗尾草の草原を駆けているうちに立ち直ったキナコの方。胡麻太は大福の思わぬ俊足について行くのが精いっぱい、肩で懸命に息をする。

「そうだな、前に呼びに来たのは確か両方雌猫で」

「その前に来た雌猫2匹とはもしや母上白玉と、鯖猫白雲ではありませんか」


 大福の目の前に現れたのは虎次郎、なにも駆け付けたわけではなく、大福たちの現れたその場所こそが虎次郎のいた場所そのまま、大福に踏まれる前に起き上がったというだけではあるが、虎次郎は堂々と大福に問いかける。

「そうそう、そういう名前だったな、2匹とも我が血をひいて美猫に育った」

「どちらにも血の繋がりがあるのですか」

「そうだ、知らなかったか」


 思いもかけないその事実、その場に居合わせる白玉白雲各々に、血縁ある者は一様に驚いた。その周辺の動揺を全く気にせず大福は、滔々と話を続けて語りだす。

「前に来た時は虎鯖の縄張り線を引きに来た。今日、ここに来たのはその線を消すためだ」

「何故ですか」


 キナコはぽかんと、もはや口をきく気にもなれないらしく、自然、虎次郎が大福の聞き相手を務めることになる。


「そもそも虎鯖双方近すぎて、血縁どうして代を繋ぐことの無いよう定めた線、最早時間も経った、既に当初の意味が失われ、争いの種にしかならぬのなら、その線ごと消すのが最善、儂の責任だからな」

 

 さて大福がその姿を現して、その一報は丘の上、白玉にも届けられた。川原へ下りてきた白玉が虎次郎にキナコ、そして寅衛門と合流しての首領家族に寅吉が護衛と意気込んで着いてきて、対する鯖猫は三姉妹にツチノコの如き形態でこの場にいるのを嫌がる胡麻太。


 虎鯖居並ぶ面々の、その縞模様に目を止めながら大福道士は話し出す。

「そもそも虎鯖両陣営は、元は一つの集団であった」


 本来ならば模様に関わらずとも猫ならば、成長すれば群れを離れて外に行き、別の集団の異性と子を生すかあるいは己で群れを作り出すか、いずれかを選び取るもの。しかしこの地は良く肥えて、猫何匹が暮らそうと、余裕の懐、餌も十分。いつしか誰も縄張りの外へ行こうと言う者はいなくなった。

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