第10話 広野の用心棒

 ではまた後で、と白雲は、靄霧をつれて川原を離れ姉妹猫が好むいつもの場所、日向と風の加減が気に入りの場所にやってくるとそこには既に東雲の姿。常になく悄然と肩を落とした東雲が近寄ってきて、

「どうしたらいいのかわからないの」

 と白雲の、その胸の柔らかな白い毛に額を押し付ける。靄霧は察して一人、その場を離れて叢の中。

「あら東雲はいつも通りの甘えん坊ね」

 白雲はうなだれる東雲の頭の後ろを舐めてやって、

「でもそうね、東雲はそろそろ独り立ちする時機かしら」

 思いがけないその言葉、東雲は形良い猫目を瞠って長姉を見上げる。

「独り立ちって、ここから出て行けという事なの?」

「あなたはもうここでなくても一人でやっていけるはず」

「姉さまは私がいらないの」

 東雲の声には涙が滲む。


「違うの東雲、反対よ。東雲にはもう私は必要ないの。私がいるとあなたは色々甘えてしまって本来自分ですべき、いえ、自分でできる判断を疎かにしてしまうの。それはあなたのためにも良くないことだわ」

 それは、と東雲は言い差して、思い当たる節があるのに気づくよう。白雲はそんな東雲の様子を柔らかに見守り、


「一人でやっていける力を持つほどに成長したら、猫は自分が育った縄張りから出て行くもの。そりゃあ雌猫では珍しいかもしれないけれど、東雲はそんな珍しい素敵な力を持っているのだから存分に外の世界を見に行くべきだわ」

「姉様は」

「私のできることは、あなたのできる事とは違うの。私は私ができることをしなければね。靄霧も」

 と辺りを見回す白雲は、あらあの子、どこに行ったのかしら、とその口調はいつものようにのどやかに。


「それでは私は本家から来てもらった姐さんたちにご挨拶してくるわね」

 白雲はその場を去って、ポツンと取り残された東雲の背中を舐めるのは様子を察して叢の中から戻ってきた靄霧の舌。


「私、何か間違っていたのかしら」

 そう東雲に尋ねられた靄霧は、今日はなんて難しいことばかり聞かれるのかと少々面食らう心持ち。それでも精一杯、尊敬する次姉に思うところを伝えてみる。

「東雲姉さまが間違っていたのなら白雲姉さまはきっとちゃんと怒ったはず。東雲姉さまが何か間違った、ということではないのでは」


 その靄霧の言葉に心持ちがふと浮く感触を覚えるが、でもだからといって、それは東雲が間違っていないと、正しい判断だったという証左にはなり切れず。


 中天の太陽はやや西に傾き始め、東雲は吹く風が髭を乱すのに任せて空を見上げ、自分の心を推し量る。


「それでなんだ、お前たちは」

 大福に咥えられても噛まれはしていない前足の、それでも突然の衝撃を隠し切れないキナコはしきりに毛繕い。胡麻太はただおろおろと取り乱し、落ち着かないその雰囲気にさすが寝ていた大福もむくりと起き上がっての第一声。


 鯖猫の三姉妹が長女白雲のお遣いで、と、胡麻太が切り出す声は引っくり返る。その腰を抜かさんばかりの情けなさを意に介したとは全く見えず、むしろ胡麻太が何を言っても気には止めぬ風情の大福は、年季も器量もこれは比べ物にならぬ年の功。


「ふむ、鯖猫に虎猫が両方揃って参ったのか。分かったそれなら、では行くぞ」

 そう云うなり大福は、その大きな体に似付きもしない身軽さで立ち上がり、さっさと木陰の外、狗尾草の草原を歩みだす。向かう先もどうやら承知、胡麻太とキナコは慌てて大福の後を付いていく。

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