第9話 戦争と平和(ピンフ)

 これが白雲の云っていた大福道士でいいのかしらん、と胡麻太とキナコは顔を見合わせ、寝息に動く白猫の、天に堂々向けられた腹の辺りをじっと見る。話しながらの道中に、既に気の合う友人同士の気配もあって、その仕草が妙に似通いつつあるこの二匹、揃って白猫の、確かにあの丸くふにゃふにゃとした腹は、老舗の名品、豆も入らぬ大福餅によく似ているとは同意して、さて、白雲から云い遣ったお使いはこの大福道士をあの川原まで連れて行くこと。


 期せずしてキナコはその兄虎次郎と同じ動作で大福の、すなわち寝息を立てる口元に、前足の肉球を押し当てた。むごむごと寝言の様な音が漏れ、ぱくん、といきなりキナコの前足、大福に咥えられてぎゃあと悲鳴が辺りに響く。


 胡麻太とキナコが大福相手に悪戦苦闘のその頃に、葦の川原では虎次郎と靄霧がにらめっこ。とはいっても先ほどからちらちら動く虎次郎の、その尻尾の先こそ靄霧の興味の対象で、虎次郎もどうやらそれを分かっており、まだ年若い子猫相手の子守りしながら待ち人ならぬ待ち猫の様相。


 虎次郎の待つ相手、東雲は、本家の姐さんたちがそろそろ帰りたがる気配に焦りを覚え、しかも白雲もいなければ靄霧の姿も見えない。焦燥も不安も、まだ若い東雲には仕方のないことだが、その本人の東雲はそんな自分にすら苛立つ模様。業を煮やしてあちらこちらと無意味に小走り、やがて東雲が川原に姿を現すと、辛抱強く靄霧を遊ばせながら待っていた虎次郎が早速に声を掛けた。


「さて、東雲、そろそろ休戦の頃合いではないだろうか」

「何をいきなり。そんな提案、受け入れられようか。虎猫はまだ縄張りの境界を越えてくるではないか。虎猫が入ってくる限り、我らはそれを迎撃するのみ」

 虎次郎は少し困った顔で、

「争いをするのは下の者、上に立つ者は争いを避け、あるいは終わらせることが課せられた使命。指揮を執る者自らが己の仲間を争いの泥沼に誘って如何とする」


 それは東雲の頭になかった考えで、ふいに己の浅慮を窘められた心持ち。そしてそれは東雲の心をさらに頑なにする気持でもあって。

「何の成果もないままに、適当な手でこれを勝ちとされては遺憾に過ぎる」


 強い言葉は不安な気持ちの裏返し。だが虎次郎はそんな東雲の心持の機微には気づかぬまま、なんとかこの騒ぎを収めようと説得を試みても、すでに両者の論点はすれ違っての掛け違い、水掛け論にしかならぬ流れ。


 さすが虎次郎もこれでは埒が明かぬと、まずは聞く耳持とうとしない東雲の目と耳をこちらに向かせなければと一歩前に踏み出た刹那、東雲は身を翻して葦の中。追いかけようと後ろ脚を踏みこんで、少し待ってほしいの、と柔らかな声が聞こえてきた。


 東雲のいなくなった川原に代わりに現れたのは白雲で、

「姉さま、戻ってらしたのね」

 喜ぶ靄霧と鼻を合わせてただいまの挨拶。

「こじれた相手との話し合いは当人同士では上手くいかないもの、間に立つ者が必要よ」

 云って聞かせる相手は虎次郎。

「けれどこの辺りは虎猫か鯖猫しかおりません。いったい誰に仲立ちを」

「今、呼びに行かせているわ。のんびりやさんだから少し時間がかかるけど、一度お昼寝して起きたらきっと良い時間。こちらに着いたらその方をあなたにも紹介できるはず。」


 だからその時まで、日当たりと風通しのよい所でまずはお昼寝しましょうね、そういって目を見交わしてにゃーと鳴くのは姉妹猫の仲の良さ。


 その白雲に思わずぼやく虎次郎、何の成果もないままに適当な手でこれを勝ちとされては遺憾に過ぎる、と言われたと、その言葉に白雲は、

「あら、適当な手であってもピンフで親の早上がりならそれも手だし、でも断么九とドラ裏ドラは欲しいわね」


「姉さま、それは何のお話し?」

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