第8話 風とともに跳ねる

 狗尾草の青い穂はふくふくと天を向き、ぴょんぴょんと跳ねながら駆ける胡麻太とキナコの尻尾も真っすぐに上を向く。二匹が向かう先は虎猫の陣地からも鯖猫の縄張りからも離れた場所で、胡麻太もキナコも行ったことがないその辺り、白雲は大きな木があるからすぐに分かるわ、とだけキナコに伝えていた。


 先ほど小高い辺りから胡麻太とキナコ、そろって白雲の指した辺りを眺めてみたら、確かに地平線にまで行く手前、ぽつんと盛り上がる影があってそれが目指すべき目印と、絶対に見逃さぬとの気合を入れて、ぴょんぴょん跳ねてその木の陰を確認しながら先に進む。


 さてこちらは鯖猫、東雲の陣地。東雲は、胡麻太に呼んで来てもらった本家の姐さんたちと久闊を叙して意気揚々。

「あら東雲、久しぶりね」

「早霧姉さまもお変わりなく。先年生まれたお子様はもうずいぶん育ったころではないですか」

「ええ、そうなのよ、元気なのは良いけれど、危なっかしくてなかなか目を離せないわ。今日も霧雨にこどもの世話を頼んできたのよ」

「霧雨も自分の子どもの世話があるでしょうに」

 と、他の雌猫も話題に加わる。


「2匹目以降はどれだけ増えようと同じ事、と頼もしいことを言っていたわ」

「確かにこのところ、同じ毛色模様の子ばかりだからそれは云えているわね」

「そろそろ虎毛が入ってもいい気もするけれど」

「あらじゃあここらで見繕っていこうかしら」


 話が思わぬ方へ転がりそうで東雲は、姐さま達にここでの作戦をひとまず伝える。

「特に危ないことは頼みません。ただこの縄張りに入ってくる虎猫どもが、二度とその気を起こさぬよう、毛を毟ってハゲをこさえてやるのです。そのハゲの毛が生え揃うまで、やつらはこの地に近づこうとは思わなくなるはず」


 虎猫は毛皮に格段のこだわりをもちますから、と続けると、それは鯖猫間の虎猫あるある鉄板ネタで、

「そうそう、虎猫はそういう所があるわよね」

 と、満場一致で団結を見る。

「でも東雲お願いね、夕方になる前、私たちは定時で上がらせてもらうから」


 さても猫の定時とはいかなるものか。書く方聞く方ともに疑問を禁じ得ないが、猫は時折そのように、しれっと妙な言葉を会話に挟む。


 定時、の言葉を聞いた東雲、その額の鯖柄が、また幅狭く引き寄せられる。姐さんたちの云う定時とやらのその前に、この勝負、片をつけねばならないか。


 虎の陣営も混沌を増し、完全に退屈な日常の息抜きとなった毛毟り鬼ごっこに、そろそろ虎次郎は事態の収拾を図る頃と立ち上がる。きゃっきゃとはしゃいで今度はハゲの形を競い始めた虎の雄猫たち、虎次郎はまとめて追い立て林の中に移動させ、静かになった川原に一匹、姿を現した。


 しばらく静寂、辺りを流れ、いったいどういう状況と靄霧が、葦の葉に髭触れさせながら、茎の間から顔をちょいと覗かせた。こちらを覗く靄霧の顔、気づかぬふりして空など眺めて間を取って、虎次郎はおもむろに声を掛けてみた。


「そろそろそなたの姉上の、東雲殿と話したいのだが」


 虎次郎がこちらを見ないのをいいことに、もしかして尻尾の先くらいの毛は毟れるかしらと近づき始めていた靄霧は一時停止の達磨さん。

 動きを止めた靄霧に、虎次郎は、

「どうだろう、伝えてはくれないか」

 そう言葉を重ねて頼んでみるが、靄霧は少々返事に戸惑う様子。自分一人でどう返事をしていいものやら、東雲姉さまの答えはおそらく分かっているけれど、白雲姉さまには東雲姉さまの牽制も頼まれていたような。

 思わず、にゃあと心細い声が靄霧の口から零れ出る。


 白雲姉さま、はやく戻ってくれないかしら。


 大福道士を迎える道中、最初は駆け足の胡麻太とキナコだったが、途中から普通に歩き始めたのは胡麻太の人見知りならぬ猫見知りが一周して、さてどんなやつかと猫特有の好奇心がうずうずと湧いてきたからで。互いの兄弟、親、知り合い、最近気に入りの遊び方など話し始めていくうちに次第に足が遅くなり、気づいてまたぴょんぴょん跳ねての駆け足を続けてしばらくたった辺り、いよいよ木陰は近くなる。


 虎猫本陣が置かれる丘の、その姿こそ後ろに小さく、いま胡麻太とキナコの目の前は、大きな楠が一本、太い枝を縦横に張り巡らせて立っていた。


 こんなに大きい木があるのですね、メタセコイヤかもしらん、と、物を知っているのかいないのか、その発言だけでは判断しづらいキナコの言葉はどこにも届かず立ち消えに、胡麻太がいざ近づかんと一歩目の前、足を踏み出すと、無人いや無猫と見えた木の根元、腹を日輪に十分晒して大きな白猫が一匹、高鼾。

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