第7話 戦場に駆ける足

 靄霧の前から姿を消した白雲は、狗尾草の草原を大きく回って移動して、虎猫本陣、白玉のいる小高い丘のその裏側にまわりこむ。まるで決められたことのように迷いのないその足取りで笹の茂る一角に踏み入って、大きく洞の空いた倒木の一つに爪を立てカツンカツンと音を立てた。


 その爪音が辺りに響いてしばし後、笹の葉の向こうからしなやかに現れるのは白玉で、こうして並べばこの二匹、白地に虎鯖それぞれの斑の場所ほぼ同じ、まるで鏡のような色違いの瓜二つ。そして二匹のその目にきらめく翡翠の光。


「お久しぶりです」

 と白雲が声を掛ければ白玉も、特に気負う様子も見せずに、

「変わりはないか」

 とその一言。


「以前交わしたお約束通りにこちらに参りましたわ、白玉様。さて、此度の件はどういたしましょう」

 白玉白雲この二匹、どうやら面識ある知人。この密談は笹の葉擦れ、風の鳴る音に掻き消され、内容を知るのはこの二匹のみ。


 二匹の雌猫の密談のことなど露知らず、ただこの騒ぎが早く収まればと胡麻太は少し離れた藪の中、じっと辺りを窺い見る。東雲の使いを終えてその後は、抜き足差し足、現場を離れ、ここに潜り込んでのやれやれ系のひとり言、まさしくラノベの主人公と、前足畳んで香箱を汲み妙な悦に入っていると後ろから、先ほど白玉との密談を終えたばかりの白雲が、


「あら、ごまちゃんここにいたのね、ようやく見つけたわ」


 思わず体を反転し、その場に腹ばいになろうとして足がもつれて引っくり返り腹を相手に見せるという失態は身内の姉だからノーカンで、と、その姉の後ろに見え隠れする小柄な連れがある。


 匂いにどうも覚えがあるその連れは、先ほど遭遇した虎猫連れの片方一匹、年若い方だと思い出す。ただその相手も今この状況、はたして理解しているのだろうか、先ほどからきょろきょろと辺りを見回していて落ち着かない。


 白雲が連れているのはキナコの姿、先ほどまでは虎次郎の側、虎猫陣地の中ほどにいたが、そこにあってもすることなしと騒がしい河原からすこし離れていたところ、


「あなたがキナコちゃんね」

 いきなり現れた鯖猫、白雲に話しかけられ、ほぼ有無を言わさず首の根を引きずられてやってきた。言うなりになったのは、


「白玉のお母さまには話をしてあるの、手伝ってほしいことがあるのよ」

 そう、母の名を出されたからと、その母とうり二つのその姿、逆らう気にならなかったのは既に首を噛まれていたからかも知らん。


 年若い雄猫二匹揃って状況飲み込めないままに白雲の、

「足の速い胡麻ちゃん、この賢いキナコちゃんといっしょにお使いを頼むわね」

 とおだて半分、言い渡されて、当の白雲は現れた時と同様の唐突さで青草、狗尾草の叢に姿を消した。


 意図せず腹見せをしてしまった気まずさ、白雲に委細を聞きそびれた胡麻太は、やはり姉達は自分をこき使う、と悲嘆の不満の唸り声を上げた後、狐に抓まれたようなキナコの様子にようやく気付く。自分より年下だとみれば態度が大きくなる辺り、胡麻太の小心のほどが知れようが本人全く意に介さず、鼻を膨らませ意気揚々、年上の威厳を持ってキナコに尋ねる。


「お使いってなにすればいいの?」

 その威厳の割にだいぶ下手にでた質問に、我に返ってキナコが云うには、

「大福道士を呼びに行くのがお使いです」


 胡麻太とキナコが二匹揃ってお使いの、大福道士なる者を呼びに走るその間、川を挟んであっちとこっち、猫の腹毛が毛玉になってころころ転がるのはさながら往年の西部劇。

 

 ただよく見ればその毛玉、どうやら毛色は虎毛のみ。二、三匹ずつ繰り出して律義にハゲをこさえる模様、その虎陣営覗いてみると、おのれ鯖の雌猫共が分際をわきまえろと異様に目をぎらつかせるものもいれば、


「靄霧ちゃんに毟られた」

「マジで?え、どこで靄霧ちゃんに会えたの?」

「いいなー、俺、東雲さん見かけたけど無視された」

「いやでもレアじゃん!」

「儂なんか雌猫3匹に寄ってたかって毟られたから頭頂部ハゲ」

「殿、それはなんというご褒美!」

「羨ましいだろう」


 すでに自分たちが何をしているのか分からなくなっている者も多く出始めている有様。虎次郎はそんな虎猫どもを指揮するでもなく、混じるわけでもなくただじっと、事態の成り行きを静観している。

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