第2話 泥棒の正体

霧島家は神社の本殿と居住区が渡り廊下で別れた家の作りとなっている。

居住区の西にある廊下には参道とは逆側にある小路に抜ける裏道があり参道を使うより早く外に出られる。その神社と小路の境にあるのが先ほど話に出てきた裏の鳥居だ。

廊下から外にでると雨は止んでいたが、風はまだ強く吹き付けていた。本殿を囲むように植えられた広葉樹が幹をしならせている。正太はおびえたように桐子の後についてきた。桐子も歩みを進めるほどに緊張し、正太の腕をつかむ手に力が入る。草木に囲まれたぬかるんだ道を抜け、木々の隙間から赤い鳥居が見えたところまで来た時だった。


「ねーちゃん、あそこ!」


正太が声をあげて指をさす。その先には白い服の男が倒れていた。


「ほんとだった・・・」


桐子は慌てて男に近寄り、ようすを伺う。真っ白なコートは泥だらけで、苦悶の表情を浮かべた顔はまだ幼かった。

見たところの年は桐子と同じぐらいか、それよりも少し若いだろうか。


「ちょっと!大丈夫?」


どうしていいかわからず、少年に声をかけてみる。しかし少年は呻くだけだ。


「とりあえずに救急車!」


ドキドキしながらスマホの緊急ボタンを押そうとしたが横から伸びてきた腕がそれを阻んだ。

阻んだのは少年だった。

苦悶に歪んだ顔で無言で桐子に首をふる。

なんだかよく分からないが人を呼ぶな、ということらしい。桐子は困惑しながら少年の体にしたに手を回す。


「正太も手伝って!!」


意識を無くした少年をどうにか家まで運び、泥だらけの服を脱がせ、浴衣に着替えさせて、桐子はふうと息を吐いた。


まさか自分の家に外国人を運び込むことがあろうとは。

『外国人、拾いました。』…なんて夢のようなことが現実にあるなど今の今まで知らなかった。

混乱する頭の中で桐子は少年の横に座りながら様子を伺った。

客間でもある和室に敷いた布団の上で少年はすやすやと寝息を立てている。



明るいところでみると少年は端正な顔立ちをしていた。年は正太と同じか少し上ぐらいだろう。肌は陶器のように白く右の目尻に泣き黒子、鼻筋がすっと通り堀が少し深い。顔つきは日本人のそれと大差ない感じがしたが日本人ではありえない見事な金髪をしていた。その髪は桐子と同じかそれ以上に長い。寝苦しそうにしていたので、勝手に髪をほどいたが、その状態で眠る少年は少年というより少女といういった方がしっくりきた。


本当に男…?


桐子は顔を覗きこんでまじまじと確かめたくなる衝動をぐっと我慢した。

心地よく寝ているのに起こすのは忍びないし、そういうのは良くない。



それにしてもなんであんなところで倒れてたいたのだろう、裏の小路は家族か、近所の人しか使わない。ここは繁華街から随分と離れているし、あの道に入る前にもっと大きな見通しの良い道があるのだ。そこをわざわざ入り組んだ路地に入ってきたとなれば余程の物好きか、なにか目的があって来たに違いない。それに。

桐子は宝石を思い浮かべる。

あんな高そうなもの普通の子供が持てるわけないし…。


ますます少年が何者なのか、気になってくる。



「…ぅ、う、うん」



うめき声が響く。布団をみると、少年が重たそうなまぶたをあけたところだった。ゆっくりと何度か首を動かした後、桐子の視線とぶつかる。



蒼い!



桐子は心のなかで喝采をあげた。

雨上がりの空のように瑞々しさを持った青だった。

時間を忘れてみつめる。少年もじっと桐子の顔を見たまま動かない。



と、その時。



「おねーちゃん!どう?」



正太が閉まっていた襖を勢いよく開けて部屋に入ってきた。

スパーン、と心地よい音がなる。

その音に桐子も少年もびくりと震えてからハッと我に戻った。



「あ、起きてる〜」



正太が無邪気に少年をみて笑う。その声に少年は慌てた様子で自分の左手を見た。



「xxx、xxxxxxxx?!」



なにかを尋ねられたのはわかったが、発された言葉は聞き慣れないイントネーションで桐子と正太は顔を見合わせる。



「xxx!!」



少年は自分の左手を指差し、なにかを必死に伝えようとしている。しかし、全く耳にしたことがない言語に、桐子も正太も首を傾げるばかりだ。



「…もしかして、あの宝石のことじゃないかな?」



正太が独り言のように呟いた。



「宝石?」



そういえば、と思いながらポケットから指輪を取り出す。



「探してるのこれ?」



桐子がパッと少年の前に指輪を差し出すと、

少年は必至の形相でむしり取るようにそれを奪う。

あまりの剣幕に桐子も正太もぽかんと少年を見つめる。

そしてまるで傷の有無を確かめるように部屋の明かりに指輪をかざしたり上下左右いろいろな角度から指輪の様子を確かめたあと、ホッとした様子で左薬指にそれを収めた。



どうやらよほど大事なものなようだ。

布団の上で胸に抱くようにして少年は丸く蹲る。



…泣いている?



なんとなくそんな気がした。

慌てて駆け寄って大丈夫?と背中を擦る。少年はそんな桐子を嫌がる素振りも見せず少しだけ身悶えしてからまた肩を震わせる。

何があったかわからないが、なんだか少年が気の毒になって桐子はそのまま慰めてあげることにした。



「正太、お茶持ってきてあげて。こぼさないようにね」



正太も空気を察してさっと立ち上がり部屋から出ていく。



正太がカチャカチャと音を立ててお茶を持ってくるまで桐子は少年の背をなで続けた。



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