綾乃 晶 の 場合 01

 ボクの入学した大学付属高校のなかにある国立大学進学科はかなり変わった体系だ。有名高校教諭や有名塾講師を引き抜き、各分野のエキスパート達が進学科だけのために高校で授業を展開して高校三年間を国立大学受験合格のためだけを目指すという体系で授業が進められ個々の能力に応じた課題…宿題が出されていく、というもの。


 今年からできた科なので一年生の一クラスしかないのは当たり前なんだけどクラスメイトが一層勉強に集中できるようにと今から大学生活に慣れておくためという二つの理由で、高校の校舎があるにも関わらず系列の大学キャンパスで進学科の授業は進められる。


 進学科のクラスは教師がよりキメ細かくクラスメイトを見れるように男女六人ずつの……あ、女七人だった……十二人と少数のクラスになっている。


 あの居心地の良い中学三年間で大分トラウマが抑えられたのか、高校の新しいクラスメイトとの初対面もそつなくこなし、両性具有ということは秘密にしてはいるが性別女として入学しているも特殊な性別と、この特殊な容姿とを兼ね備えたボクをクラスメイトは受け入れてくれている。


 クラスメイトからはガイジンという言葉は聞こえてこないけど、キャンパス内の大学生からはよく「ガイジン」という言葉は聞こえてきた。だけど今までとは少しニュアンスが違い「あのガイジンの女の子かわいい」や「例のガイジンの娘こ、かわいいよな」と排他的ではなく珍しいもの見たさの好奇心の目が痛いというか、性別を女ということにして女の格好をするだけで、こうも扱いが違うなんて……女ってなんてズルい生き物なんだろう……。


 昨日入学式が終わったばかりなので、まだ授業は始まってなく今日は大学キャンパス内に宛がわれた進学科の教室にて担任の先生から諸々の説明を受けただけで解散となった。


 大学生の方はというと数日前に入学式、そして春休みが終わっていて、お昼前という事もありキャンパス内は人が多く賑やかだ。


 クラスメイトは担任の先生からの説明が終わり今日はこれまでとなったらすぐに帰ってしまったけど、ボクは早く帰っても特にやることもないので、大学の図書館を見たいと思い立ったが、まずは少し早い昼食を取ろうとキャンパス内にあるというカフェテリアに向かった。


 それにしても大学の敷地は広い、進学科の入っているこの校舎だけでも普通の中学や高校の校舎より広く階数も多い。なのに教室はほぼ使われているだなんて、この大学だけで生徒数どれくらい居るんだろう…。


 この時間、廊下には手さげカバンやリュックを持った大学生達で溢れかえっていて、ボクはその合間を縫うように進み、この校舎一階と繋がっているカフェテリアへ向かった。


 大学のカフェテリアはボクが想像していた学校の食堂というモノとは全く違い、広々としたとてもお洒落な空間だった。


 円みを帯びたカフェテリアは天井が高く一部ロフトのような作りもあり二階席にも上がれる。白を基調とした壁や天井、そしてほぼガラス張りになっていて外からの自然光を室内に取り入れとても明るい印象を受ける作りになっていた。一面がガラス張りなので代わりに打ちっ放しコンクリートの柱が等間隔に高い天井まで伸びているけど、それもこの空間に溶け込んだデザインとなっている。


 ただガラスを多用されたこの空間、ボクにはちょっと眩しすぎる…。


 光から目を守るように目を細めるけど、あまり効果はなく、とりあえず椅子を確保しようとボクの目に差し込んだ白い光の中を歩いていると…。


「うっ…」


 眩しさのあまり前があまり見えてない状態で歩いたせいで、ドンッと人のようなモノにぶつかってしまった。今まで何度も人にはぶつかってしまった事はあるけど、まるでモノのように堅く、ぶつかっただけでこんなにも弾き飛ばされたのは初めてだった。


 ボクは眩しさで前が見えていなかったのと、ぶつかった瞬間目を閉じてしまい、さらに予期せぬ弾かれかたをしたので平衡感覚がおかしくなってしまった。


 あ…これ転んじゃう……。


「おっと」


 そう聞こえた時だった、ボクは腕を掴まれ引かれたと思ったら堅く、でも適度な柔らかさがあるモノに包まれた。


 なんだか良い匂いがする、そしてとても安心を感じられる、なんだろうこの感覚……。


「大丈夫だった?」


 頭の上から困ったような、申し訳なさそうな声がする……ボクはギュッと閉じた目をゆっくりと開けると、目に入ってきたのは布のようなもの、声のした方を上目遣いで見ると人の顔があった。


「………」


 目が合うと、困ったように微笑みかけてきて、


「そろそろ離してくれるとありがたいんだけど…」


その人は頭を掻きながら困ったように言った。


 離す? っていうかなんでこの人、ボクとこんな密着してるの? この人男だよね、ボク男なんですけど、男同士で密着とか何考えてるの? そんなこと言うなら、あんたが離れれば……。


「あ……」


 ボクは、この人が困ったようにしている理由が分かった。溺れる者は藁をもつかむ、この人の胴体にしがみ付いて胸に顔を埋めているのはボクの方だったんだ……。


「ご、ごめんなさいっ!」


 ボクは胴体に巻き付けた腕を剝がし、押しのけるようにしてこの人から離れようとしたけど、やっぱりこの人、押しても物のように動かずに自分で押したエネルギーをボクがそのまま受けることになってしまい、また後ろに転びそうになった。


「あぶない」


 この人はまた後ろに倒れそうになったボクの手首を掴むと軽く引いて、仰け反った上体を元に戻してくれた。


「すいません、ありがとうございます…」


 大きくて、しっかりした手がボクの手首を包んでくれている。


 大きい手の持ち主を見上げると、その人の第一印象はデカいだった。


 ただ身長がデカいという訳ではなく、肩幅も広いし腕も太い胸板も厚い、総合的にデカい人だとボクは思った。


 その人はジーンズパンツに黒いV字襟Tシャツ、その上に腕まくりをした白いボタンシャツを羽織っただけの服装なのに、その姿がとても似合っていて羽織っただけのボタンシャツの下、V字襟Tシャツの上からでも発達した大胸筋の膨らみが見て取れた。


 まるで洋服屋さんにある筋骨まで模かたどったスタイル抜群のマネキンが動いているよう。


 ボクが洋服を買いに行ったとして、マネキンが身に着けている服一式を試着しても似合った試しがないけど…この人なら表情がある分、マネキンより似合うんだろうな。


 やっぱり大学生となると大きい人もいるんだなぁ、何か運動部にいる人なのかな?


「こちらこそすいませんでした、ちょっと遠くを見ていたら君に気づかなくて…」


 その人は人差し指で頭を掻きながらボクにそう言うと「大丈夫だった?」と言葉を続けた。


 その人は低すぎず高すぎない、身長や身体つきから想像するよりも穏やかな声で申し訳なさそうに言った。


 なんて良い声なんだろう、そしてボクが明らかに年下の高校生なのにちゃんと謝ってくれるなんて。


「はい、大丈夫で……」


 今、気づかなかったって言った…?


 つまりボクが小さすぎてアナタの身長からはボクが視界に入らなかったって訳ですか…?


 そりゃあボクは低身長で細い身体ですよ、ボクだってアナタみたいな高身長と筋肉を持った男にずっとなりたいと思いながら生きてきたのに中学生でその夢は潰えて……自分の理想を体現したような身体の人が目の前にいて……


「羨ましい……」


思わず小声で口に出してしまい、ボクは慌てて口を両手で塞いだ。


 聞かれてなかったかと、その人を上目遣いで見ると、


「え……恨めしい……?」


間違って聞こえていたらしく、その人は困惑した表情と共にボクから一歩後ずさった。


 そんな事は言ってないんだけど、どうしよう誤解を解こうかな…踵を返してこの場を離れても良いけど、この人も困惑してるし…というかボクはここに昼食を取りに来たのであって、この人も今昼食をここで取るなら離れた席に座っても気まずいというか……。


 見つめ合ったまま動けなくなるボクと彼、ほんの数秒間なんだろうけど、それがとても長く感じられた。


「ちょっと神座くん、さっきから高校生と何やってるのよ…」


 横から水が差されたかのように突然とした声の方を見ると、神座くんと呼ばれたその人より頭一つは背が低いものの高身長の女の人が近づいてきた。


「なんか抱き付いたり、手を握り合ったり、見つめ合ったりしてたけど知り合いなの?」


 その高身長のためか少しハスキーな声をした女の人は、神座くんというその人の横まで歩みを進めて止まると「知り合いなら紹介してよ」と彼の腕に自分の腕を絡め寄りかかるようにし顔を近づけながら言った。


 またしても高身長の人、しかも今度は性別女…ボクもせめてあのくらいまで身長が伸びて欲しかった……。


 高身長の男女って、スゴく絵になるな…。


 彼は女の人の近づける顔から距離を取るように上体を少し後ろに反らしながら「ああ眞緒、探してたんだ」と言った。


 女の人はボクの方に身体を向けると視線を合わせるように少し腰を屈かがめて、


「で、誰なのこの可愛い子は?」


と興味深々にまるで小動物を愛でるような目でそう言う。


 ああ、この目だ…悪気はないんだろうけど珍しい物を見るような目、そして可愛いという言葉……ボクにとってそれはあまり嬉しいものではない。


「えっと、初対面だからお互い知らないんだ…」


 神座くんという人が女の人の質問に困ったように答えると、目線を合わせられた目の前の顔が驚きの表情に変わっていく。


「え、じゃあさっきの一連の行動はいったい何?」


 彼女は勢いよく後ろを振り向きながら言った。


「ボクが、その人にぶつかってしまって倒れそうになったところを腕を掴んで助けてくれたんです」


 ボクはあまりにも不思議がっている目の前の女の人がいたたまれなくなり、簡潔に先ほどの出来事を説明した。


 彼女はボクの言葉に一瞬こちらを振り返ると再び男の人の方を見て、


「そうなんだー、そうならそうと早く言ってくれればいいのにー」


と言った後「もうー」と言葉を付け加えた。


「あ、じゃあさ皆でお昼食べようよ、あなたもお昼ご飯を食べるためにここに来たんでしょ?」


 彼女はボクに一歩近づくとまた少し腰を屈め目線を合わせて、そう言った。


「そうですけど、一人で……」


「じゃあ決まりね、そこのテーブルを確保して食券買いに行こう」


 彼女はボクが後に続けたかった「一人で食べます」という言葉を封殺するように言うと、丸テーブルに四脚並べられた椅子の一つに自分の大きい肩掛けバッグを置き中から財布を取り出すと、ボクの手を引いてカフェテリア入り口付近に三つ並んだ食券販売機の一つへと誘った。


 彼女の手は大きく、握られたボクの手はすっぽりと包まれてしまった感覚だ。


「ここでまず食券を買うの、定食、ラーメン、うどん、丼物とかあるから気に入ったものを選んで……私は茸山菜そばにしよう」


 彼女は茸山菜そば二〇〇円と表記されたボタンをまず押し、使用できる交通系ICカードや電子マネーの絵柄がいくつも描かれた下にあるカード読み取り部に財布をかざすと「ピッ」という電子音の後、ワンテンポ遅れて食券が落ちる音がした。


「Suicaとか電子マネーも使えるから、便利よ」


 彼女は取り出し口から食券を拾い上げると、ボクにそう言った。


 ボクはきつねうどん一八〇円というボタンが目に入ったので財布から硬貨を取り出し、販売機に飲み込ませて食券を購入する。


 それを見届けると彼女は再びボクの手を握ると、トレイが高く重ね置かれた場所まで歩を進めた。


「ここでトレイとお箸を取って、私たちはそばとうどんだから麺類コーナーへ行きましょう」


 彼女は樹脂製で先に滑り止めが付いた黒いお箸と食券を乗せたトレイを両手で持ち、カフェテリアと調理場が品出し用のカウンターで仕切られた前を横切って一番奥にある麺コーナーと書かれたカウンターにトレイを置くと、カウンター奥の白い割烹着姿のおばさんに「お願いします」と食券を渡した。


 ボクもそれに習って食券を渡す。


「ちょっと待ってねー」


 おばさんはそう言い、予め煮立たせたお湯に沈められた湯切りザルの上で個包装された蕎麦とうどんのビニールを破って麺を落とし、麺が入った二つのザルを小刻みに動かすと三〇秒ほどで湯切りをして丼にあけた。


 あとは出汁を注ぎ、蕎麦には茸山菜を、うどんには油揚げを乗せて、一分と経たないうちにカウンターのトレイに「はい、お待たせ」とおばさんが置いてくれた。


「ありがとうございまーす」


 彼女はトレイを持ち上げながら言うとボクの方を見て、


「早く食べよう」


と笑顔で足早に先ほど肩掛けバッグを置いたテーブルへと歩いていく。


 彼女に続き丸テーブルに着くと、まずうどんの乗ったトレイを置き、背負っていたDeuter容量22Lのリュックを椅子の背もたれに掛けてそこに座った。


「そこに座るの? じゃあ私は隣に座っちゃおっと」


 と、彼女はボクの右斜め前の椅子に腰を下ろし、蕎麦と一緒にトレイに乗せていた財布を自分のバックにしまう。


「神座くんも、もうすぐ来ると思うけど……来た来た」


「お待たせ、お茶を持ってきてないみたいだったから汲んできたよ」


 神座くんと呼ばれる彼はラーメンと三つの湯飲みが乗せられたトレイをボクから左斜め前テーブルに置くと、先にボクのトレイに湯飲みおを置き、次に彼女に配膳した。


 あー、そこに座る…しかないよね……丸テーブルには椅子が四つあるけどボクから一番遠い対面の椅子にはバックが置かれ塞がっているから。しかし初対面の二人に突然昼食のお誘いを受けて、この座られ方をされると挟み撃ちに合って逃げ場を失ってる気分だ……。


「ありがとうございます」


 ボクはトレイにお茶を置かれるとお礼を言い、


「あー、すっかり忘れてた、ありがとう」


その後に彼女がそう言葉を返した。


 ここのお茶というのは温かい麦茶のようで香ばしい麦の香りが漂ってくる。


「今日は全員麺類だけど全部種類が違う麺だね、きつねうどん好きなの? えっと…ごめんなさい、まだ名前聞いてなかったわね」


 彼女はハッとしたように通常より大きく目と口を開き、右手で口元を覆った。


 大きい目がさらに大きくなり、キレイだと思った。


「私の名前は守野眞緒もりのまお、彼の方は神座誠かむくらまこと、どちらも大学三年生よ」


 守野さんは自分の胸に手を置くと、そう名乗り、手のひらを上に指先を彼、神座誠に向けてボクに紹介した。


「神座です、よろしく」


 神威さんはボクの方を向き、軽く頭を下げながら言った。


 これってボクも自己紹介しなきゃいけないやつだよね…ボク自己紹介って好きじゃないんだけど、しょうがないか……。


「ボクは綾乃晶あやのあきらといいます、今年から設立された付属高校国立大学進学科へ入学しました一年です」


 ボクも自己紹介を終えると、守野さんと神座さんにそれぞれ軽く頭を下げた。


「やっぱりー、国進科聞いてるよー。キャンパスに高校生が居るからそうだと思った」


 大学生は高校生の入学式より数日前から学校が始まってるし、なにより同じキャンパス内で授業が行われるんだし、連絡は行ってるよね。


「国進科に入ってくるなんて、頭良いんだねー」


 守野さんは誰に言うでもなく、しみじみと呟くとボブカットにされた両サイドの髪を耳に掛けて蕎麦を食べるとき下を向いても邪魔にならないようにした。


「いえ、そんな事ないですよ」


 ボクはお箸できつねうどんの大きめなお揚げを軽く突くと箸先を広げて切り開き、六等分にしながら素っ気なく言う。


 ボクは今忙しい。


 ボクはなるべく均等に六等分に切り分けたお揚げの一片と、うどんをお箸で掴み口へ運んだ。


 一口噛むと甘く味付けされ、そこに出汁が浸み込んだジューシーなお揚げからジュワーと旨味が溢れ出すとコシのあるうどんとお揚げのハーモニーが口の中に広がっていく。


 出来上がりを渡された時からとても良い出汁の匂いがして薄々と感づいてはいた。でも学校のカフェテリアでまさか、という思いが拭い切れなかった。だけど食べてみてわかる…ここのきつねうどんは美味しい!


「その食べ方、やっぱりきつねうどんが好きなんだね」


 守野さんは自分のお箸を止めてボクに微笑みながら言った。


「いえ、別に好きという訳では…」


 きつねうどんの食べ方は、こうするべきではないだろうか。甘いお揚げとうどんを一緒に口に運びつつ同時に無くなる、その食べ方がベストであって他の美味しい食べ方があるならボクは知りたい。


 ボクは再びお揚げの一片とうどんを口に入れ、お箸を指に挟んだまま両手で丼を持ち上げ口を付けると出汁を啜った。


 お揚げの甘さもさることながら、透き通った金色の出汁の味と鼻から抜ける豊かな香り…普段外で食べるうどんの出汁はこんな色をしてないし、こんな味でもないはず……。


「ここのうどん美味しいでしょ」


 左前に座っている神座さんは口のラーメンを飲み下すとボクにそう言ってきた。


「ここのうどんで使われてる出汁は関西風でね、昆布といりこをベースにして鰹に鯖の出汁を丁寧に取った讃岐に近い味をこだわって作っているらしい。普段こっちでうどんを注文すると眞緒が食べてる蕎麦の出汁みたいな黒い関東風の汁で出てくると思うんだけど、ここはうどんと蕎麦で使う出汁を分けてるんだよ」


 へー、これが関西風の出汁なんだー。


 ボクは先ほど口に運んだうどんを飲み込んだ


「ちょっと神座くん、なんでそんなこと知ってるのよ……」


 確かに…それはボクも思った…。


「うどんを食べた時に美味しかったから、思わず中の人に聞いちゃったんだよ。ちなみに、この醤油ラーメンスープ…特にこだわりのない既製品だってさ」


 神座さんは「ハハハ」と笑いながら言葉を締めた。


 そんなこだわりを知っているなら、何でラーメンじゃなくてうどんを食べないんだろう?


「何で、そんなこだりの説明をしながら神座くんは既製品のラーメン食べてるのよ…」


 守野さんもボクと同じ思いを持ったようで、ちょっと呆れたように言った。


「なぜって、今日はラーメンが食べたかったから、だけど」


 あー…そうか、あんな説明を聞いた後で説明をしてくれた本人がこだわりのないラーメンを食べてるのに疑問を持ったけど、そのこだわりを知ってるからって別にそれを食べなきゃいけないって訳じゃないし、気分で今一番食べたいものを選んだ方が満足を得られるのは分かる。


「確かに単純な理由だけど、しっくりくる答えだったわ」


 守野さんも納得したように頷いた。


 ボクは二人の会話に心で参加しながら黙々ときつねうどんを食べ進めていく。


「神座くんがもう食べ終わってるのは分かるとして、晶ちゃんも食べるの早いんだね」


 ボクがうどんとお揚げを平らげ丼を両手で持ち上げ、残った出汁を飲み干している姿を見ると守野さんはそう言った。


 晶ちゃん、か……そんな呼ばれ方をするのは十年振りくらいだろうか。


 でも今のボクの姿は女子高生、中学生までは男として過ごしてきたけど、少し視線を下に向ければ突き出た胸の膨らみと制服のスカートを穿いた下半身が見て取れる。


 こんなモノを胸つぶしサポーターで抑え込んでたんだ、そりゃ苦しくもなるよ…苦しさからは解放されたとはいえ、こんなモノ服の上からでも見たくない、自分のスカート姿なんて、見たくない……。


「なんだか、きつねうどんを美味しそうに食べてる姿を見てると、晶ちゃんがキツネさんみたく思えてきたよ」


 守野さんはお箸を丼をに入れ、左手でサイドの髪を耳に掛け直す仕草をしながらボクの方を見て言った。


 キツネ……?


「ボク、キツネよりスネークが良いです」


「え……?」


 ボクの言葉に守野さんは大きく目を見開き、ボクの顔を覗き込んだ。


 あー、やってしまった……突然そんなことを言ったら変な奴だって引かれるに決まってるのに……。


「それは、良いセンスだ」


 神座さんが上半身をこちらに向け、両手でボクを指さすようなモーションをしながら言った。


 これは……。


「びっくりした、まさか晶ちゃんがゲームをやる人だとは思わなくて…それもメタルギアネタが出てくるなんて今まで猫、じゃなくてキツネを被ってたなー」


 守野さんは驚いたような表情から、破顔するとそう言った。


「え、皆さんメタルギア知ってるんですか?」


私は左右にいる神座さんと守野さんを交互に首を振って見ながら聞いた。


「ゲーム好きだからね、メタルギアソリッドは一作目からプレイしてるよ」


「私もメタギアは一作目からやってるんだけど、ゲームキューブで出たリメイク版だけはやったことないのよね」


「それはおれもやったことが無いんだ、当時ゲームキューブから好きなゲームのバイオハザードとメタルギアソリッド ザ・ツインスネークのリメイクが出たんだけど、それだけの為にゲームキューブ本体を買おうとは思えなかったな」


「それ私も思ったー、そもそもゲーム機本体をほいほい買えなかったよね、PS2あれば良かったし」


 二人共ゲームやるんだ……それにこんな、神座さんは高身長で爽やかそうだし、守野さんもキレイでスタイルが良い人なのに、ボクから見ればこっちの方がびっくりだよ。


「晶ちゃんはゲームキューブ版のメタルギアやったことあるの?」


 神座さんと守野さんは一通り二人で盛り上がると、ボクに視線を移して言った。


「ボクは持ってます」


 今の言葉、少し自慢気に言ってしまったと思う。


「中古で安くゲームキューブ本体とメタルギアが売っていたので、買っちゃいました」


 ボクは最初の言葉より少し落ち着いたトーンを心掛けて続きを話した。


「えー、すごーい。そっか中古って手があったかー、私も買っちゃおうかな…」


 守野さんは「う~ん」と腕を組み少し考える素振りをしながら言うと、しばらくそのままの姿勢を取り続け「グレイフォックス…」と呟くと何かを思い出したかのようにまた話し出した。


「あ、さっきの話だけどやっぱり晶ちゃんはキツネさんっぽいよね。目鼻立ちハッキリしてて真っ白でキレイな肌してるし、髪も少しブロンドがかった銀髪だし色がキツネみたい。ハーフなのかな? どこの国の人なの?」


 あ…まただ……ガイジンとかハーフとか……ボクは日本人なのに。


「瞳も青くて本当にキレイ」


 守野さんはボクの目を覗き込みながら言うと何かに気づいたようだ。


「よく見ると晶ちゃんって左右で瞳の色が違うのね、右目が青で左目がエメラルドっぽい色してる」


 やめて、ボクをそんな観察しないで……。


「髪も肌もキレイで、華奢でこんなに小さくて可愛いのに勉強もできちゃうなんて本当に羨ましいわ」


 やめて、華奢とか可愛いとか言われてもボクは嬉しくなんかない……。


「眞緒、じろじろ見すぎだよ、綾乃さん困ってるだろ」


「だって晶ちゃん可愛いんだもん、私も晶ちゃんみたいに可愛くて小さい子に生まれたかったなー」


 見かねた神座さんが口を挟むも、守野さんは構わず自分の思いを言い切った。


 女の人に可愛いって言われるのがこんなに苦痛だなんて……ボクは好きでこんな格好をしている訳ではないし、好きでこんな容姿に生まれたかった訳じゃない。それを可愛いとか羨ましいとか、あなたの身長の方がボクにしてみたら羨ましいのに……。


「髪、触らせてもらっていい?」


 そんな声が聞こえたと思ったけど、ボクはなるべく守野さんの方を見ないようにして静かに怒りを鎮めていると、突然顔に手が伸びてきたのに気付き、


「やめてください!」


と顔を背けると同時に、その伸びてきた手を払った。


「あ、ごめんなさい……」


 守野さんは払われた手を胸の前に引っ込ませ、もう片方の左手で包み込むようにすると驚き半分と申し訳なさ半分にそうに言った。


「ボク、自分の容姿が好きじゃないんです。この肌と目の苦労を知らないからそんな事が言えるんですよ」


 ボクは椅子から立ち上がり、背もたれに掛けていたリュックを背負い、首を大きく左右に振って食器返却口を探した。


「では、ボク図書館へ行きたいので」


 ボクはひとり言のように、でも二人には聞こえるようにそう告げるとトレイを両手で持ち上げ、その場を離れた。

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