守野 眞緒 の 場合 04
「どこかで珈琲を飲みなおしながら講義の履修科目の選択を終わらせないか?」と神座くんは言った、確かに言った。
珈琲が飲める場所ならファミレス・カフェ・ファストフード店、と思い浮かぶ。
その中で一週間の全講義科目表を広げられて私と神座くんが隣同士に座って窮屈しないテーブルがある場所となると、私の中でファストフード店は脱落、ファミレスかカフェその二択となる。
そして珈琲通の神座くんの事、東京タワーでのあまり美味しくない珈琲の口直しにファミレスの珈琲を選ぶとは到底思えない、つまり美味しい珈琲を出すカフェの当てがあっての言葉に違いない。
神座くんの向かう「どこか」とはオシャレで美味しい珈琲を出すカフェ。
それが長年神座くんを好きでいる私が導き出した答えよっ!
……ん…ここは?
「ここ、ただのマンションよね?」
大学から東京タワーまでかかった時間プラス一五分くらい走っただろうか、神座くんはマンションの自走式立体駐車場へ入っていき、そこへ車を止めてエンジンを切った。
迷いもなく駐車したけど、ここはどう見てもマンションよね、それもタワーと頭に付くような…でもマンションの一階部分をテナントとして貸してる所もあるから、そこがカフェなのかしら。
「マンションだよ、おれの借りてる所」
「え、神座くんの家なの⁉」
「実家じゃないよ、借りてるだけ」
普通学生が借りる部屋ってアパートとかじゃないの? こんなマンションを借りてるなんて神座くんって一体何者……。
「こんな所借りてるだけでもスゴいんですけど…」
「まあ、そこは知り合いのツテで、安く、ね」
そういうと神座くんはドアを開け車から降りる。私もそれに続いてゆっくりドアを開けて車から降りた。私と神座くんは、ほぼ同時にドアを閉めると鍵をかけて車から離れる。
「美味しい珈琲をご馳走するよ」
駐車場から少し歩いてマンションのエントランスへ、そこで神座くんは財布を取り出し財布から何も取りだす事なく壁のセンサーにかざすと木目を模した柄の重厚な自動ドアが左右に開いた。
すごい、セキュリティーちゃんとしてる…私の借りてるアパートの共有部分なんて誰でもウェルカム状態だよ…。
木目調で中は見えなかったけど自動ドアを抜けると、明るい肌色を基調とした石が敷き詰められ、外の光が入るよう一面がガラス張りの広々とした空間が広がっていて、毛足の長い絨毯が敷かれた上にはソファーやソファーテーブル、デザイナーズチェアが置いてあり、人を待ったり談笑できるようになっている。
そして更に奥には、背の高い黒い本棚が壁一面を埋め尽くし椅子とテーブルが置かれミニ図書館さながら読書スペースとなっていた。
へー…最近のマンションってみんなこうなのかしら……。
まだマンションに数歩入ったエントランスロビーで目を丸くしていると、神座くんがいつの間にか呼んでくれていたエレベーターが到着し、ドアが左右に開いた。
神座くんが先に入りドアが閉まらないよう手を添えてくれている。
私はまだエントランスロビーをキョロキョロし圧倒されていたけど、神座くんを待たせる訳にはいかないので素早くエレベーターに乗り込んだ。
中は絨毯敷きで、まるでデパートのエレベーターのように広く、階数は35Fの表示まである。
神座くんは私が乗り込むと閉じるボタンを先に押してから5Fのボタンを押した。
さすがエレベーターに乗りなれてるわね、階のボタンをしてから閉じるボタンを押すより一~二秒の短縮になるわ。
ドアが閉まると少し遅れてエレベーターが動きだす。
「ここのエレベーター広いでしょ、これが六基あるんだけど朝はすごい混むんだよ」
神座くんは心底嫌そうな顔をして呟くように言った。
確かに三五階分の働いている人が朝、一斉にエレベーターを利用したらスペースの争奪戦のようになるわよね…。
「しかも六基の内の三基は高層階用だから三六階以上の人じゃないと使えないし…」
え? このエレベーターの階は三五階までで…。
「このマンションって三五階以上あるってこと?」
「ここ五〇階まであるんだ」
えー‼ 三五階でも十分すごいのに五〇階って…だから何で神座くんはこんなマンションに学生ながら住んでるのよ…。
そんな会話をしているとすぐにエレベーターが五階で止まりドアが開いた。
神座くんは開くボタンを人差し指で押さえ続けながら、手をエレベーター外に差し向け降りるように促した。
ホント、神座くんのそういう所紳士だと思う。
私が降りると、神座くんも続いてエレベーターを降り、
「だから朝は自転車と一緒にエレベーターに乗らないといけないから大変なんだよ…車で大学に行く時は五階だから階段で降りて行けるんだけどさ」
と私の後ろで会話を続けた。
エレベーターを降りて玄関ドアが並ぶフロアに来ても、そこは私の知るマンションと違った。
普通マンションの玄関って、外に面した手すりがあるだけの雨風強い日にはびしょ濡れになる共有廊下にあるものなんじゃないの? ここは共有廊下部分も屋内でしかも絨毯敷きなんですけど…。
神座くんもエレベーターから降りて五階に降り立つと、数秒も経たない内にエレベーターのドアが閉まり、カゴがこの階から離れていく。
神座くんは自分の部屋まで案内するように、私の前をゆっくり歩きだした。
この空間、どこかのお高そうなホテルの廊下を歩いてるみたいでなんかドキドキする…。
でもなんで神座くんは突然私を自分の部屋に誘ったりしたのかしら?
まさか、やっぱりそういう事……? 私、神座くんにはよくアパートまで送ってもらっていたけど神座くんの住まいに来るのって初めてなのよね。彼の部屋に興味がなかった訳じゃないけど、神座くんの部屋には自然な形で入りたかったから…だって何の前触れもなく「神座くんの部屋に行きたい」なんて言ったら下心ありそうだし、神座くんと私二人っきりで部屋で過ごして何か間違いが起きちゃったりしたら、私どうしよう…。
なんだか顔が熱くなってきた気がするので、両手を顔の頬に当てて熱を確認する。
今日の私はちゃんとカワイイ。し、下着もちゃんとカワイイの選んで着けてきたし、神座くんの部屋で何が起きてもきっと大丈夫…な、はずよ。
神座くんはジーンズのベルト通しからぶら下げた鍵の付いたカラビナを慣れた手つきで外した。
もう、神座くんの部屋のドアが近いって事よね。くーーっ、なんか緊張してきた…。
私は緊張を悟られまいと両の頬に当てた手を下した。
神座くんは一つのドアの前を正面にして立ち止まると、先ほど手にした鍵付きのカラビナを鍵穴付近に近づける。すると少し遅れてモーター音と共に鍵のシリンダーが回る音がした。
こんなところにも非接触キー、ハイテクだわ。
「これ普通の鍵に見えるけど、中にチップが入っててさ鍵穴にわざわざ入れなくても開くやつなんだ。さすがに停電の時は鍵穴に挿しこんで自分で回さないといけないけどね」
神座くんはカラビナの部分を親指と人差し指で摘まむようにして持ち上げ、横の私に説明してくれた。
そして神座くんはL字ドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開けた。
「さあ入って、一応散らかってないし埃が気になったらダスキンかけてるから汚くはないと思うよ」
神座くんは開けたドアに手を添えて私が先に入るのを待っている。
私は大きく深呼吸し、
「おっ、お邪魔しますっ!」
と大股で絨毯敷きの廊下と神座くんの部屋の境界を越えるように玄関へと足を踏み入れた。
後ろでドアが閉まる音がして、
「そんなに畏かしこまらなくても…」と神座くんが苦笑しながら私のすぐ後ろで言った。
え、なんで神座くん、そんな近いの? やっぱり私のカラダが……あ、ごめんなさい私がドアの前で立ち止まって塞いじゃってたのね……。
「今日は車だったし、あの辺って駐車場のある店少ないでしょ。時間貸しの駐車場に入れてカフェ行ったら、珈琲代プラス駐車料金まで取られちゃうし、何よりおれが買った珈琲豆をおれが淹れた方がそこら辺のカフェで飲むより安いし美味しいからね」
神座くんは私の横をすり抜け、靴を脱ぐと低い上がり框かまちに上がりながら冗談めかして、笑いながら言った。
あー…そうよね、神座くんはそんな最もな考えのもとに私を部屋に招待しただけなのに、勝手に先走った考えに陥っちゃっただけなのよね……。
神座くんがそんな事を考える人じゃないのくらい分かってたけどさ。でもちょっと、こういうシチュエーションって期待しちゃうじゃない。期待感と不安感からくる緊張感が一気に解消されて拍子抜けした感じ。
下心丸出しだったのは私だけだったなんて恥ずかしすぎるわ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます