守野 眞緒 の 場合 01
春の長期休みが終わり今日から新しく三回生として大学生活が再開する。
私はこの長期休み明けに合わせて美容院に行き、休み中伸ばしっぱなしにしていた髪を前髪は眉上にそれ以外は肩の長さに揃え黒髪セミロングに。
お化粧は薄く自然なナチュラルメイクで、白いフワッとしたワンピース。脚のスースー感が堪らなく心地良い。
新入生はほぼ全員参加しているのだろうか、しかしその他学生は数割りも参加していない講堂での朝礼と始業式を合わせた一時間弱の行事が終わり、今私は校内カフェテリアでそこに居るだろう人物を視線を巡らせながら探していた。
私がなぜわざわざ美容院で髪を整え、ナチュラルメイクながらも少し気合を入れたお化粧をしスカートを穿いてきたのか、それは。
「やっぱり居た、神座くんお久しぶりー」
私の目当ての人は四脚の椅子が置かれた丸テーブルに一人で座りガラスを多用したカフェテリアの空間で春の日差しを受けながらプリントを広げている。私の声に反応し神座くんは落としていた視線を私に向けた。
「あー守野、久しぶり」
長期休み中ずっと逢ってなかった神座くんと二か月振りの再会、彼からの第一印象はやっぱりキレイじゃなくっちゃ。
「眞緒って呼んでっていつも言ってるじゃん」
私は神座くんの真横へ椅子を引きずり、腰を掛けながら言った。
「じゃあおれの事も誠って呼びなよ」
あーこの声、低すぎず高過ぎない穏やかな口調好き。
「マコトって響きは可愛すぎてあなたには似合わないのよ」
神座くんは「そうかな?」と言い目線を左上に上げた。
「今年もちゃんと始業式から大学に居て、その当日に講義カリキュラムを組んでるなんてエライエライ」
「守野だっていつもそうしてるだろ」
私はわざとらしく目を細め口を尖らせ神座くんを睨んだ。
神座くんはその私の表情をしばらく見つめ、そのまま私にキス...
「眞緒だっていつもそうでしょ」
...してくれるわけないわよね。
神座くんは少し諦めた表情でそう言った。
「私がそうするのは、マコトに早く逢いたいからだよー」
逢いたかったー、と私は神座くんに横から抱きついた。
着痩せしてるけど彼の程よく全身に付いた筋肉の感触が伝わってくる、そして良い匂い。
おれも逢いたかったよー、という気のない声が小さく聴こえた。
「...僧帽、大胸、二頭筋、三頭筋、少し大きくなったわね」
「おいおい、分かるのかよ」
「伊達に逢う度に抱きついてないわよ」
彼の驚いた表情に、私はニヤリと不敵な笑みを返した。
本当は逢う度になんて抱き付いてないけど。
「神座くんは休み中ジムに行く以外は何してたの? 電話やメールは相手してくれたけど結局休み中一度も逢えなくて…さみしかったよー」
私が芝居がかった口調で言い、大げさな仕草でもう一度抱き付こうとすると神座くんは手を出して抵抗する素振りを見せた。手を出した位置はちょうど女性ホルモンで膨らんだおっぱいの位置。私はお構いなしに神座くんとの距離を詰めると彼は私の胸の膨らみに触れまいとサッと出した手を引っ込めた。
神座くんってホント優しいな。
「だから抱き付くなっての、休み中は家の仕事を手伝ったり資格取ったりで忙しかったんだよ」
「そっか、私もバイトとか資格とか忙しかったなー。休み中あんまり遊べなかった」
私は神座くんから離れ少し顔をしかめて頬杖を付いた。
「私みたいなのは資格でもないと将来生きていけないからね」
ふふ、と私は笑いながら言った。
「眞緒は強いな、しっかり将来を見据えてるんだ」
彼はこちらに顔を向け、微笑みながらそう言った。
「将来どうにもならなくなったら神座くんのお嫁さんになるまでを見据えてる、でも今すぐ学生結婚でも良いわよ」
私はこちらを向いている神座くんの顔に自分の笑顔を近づけウインクした。
「それも良いかもな」
私と神座くんは顔を合わせたまま笑い合った。
私はまだ本来の性別じゃなくて、戸籍上も本来の性別が記されてなく、まだ結婚なんてできないけれど、私の言葉に神座くんは無粋な事を言わない。
「そうそう、おれは昨日までの長期休み中に家の仕事に必要な資格が取れたんだ」
「あー、ずっとその資格の為に勉強とか講習みたいなのに行ってたんだっけ? おめでとう」
私が神座くんを遊びに誘っても資格の課題や講習、更にはそこに大学の課題が重なったりでよく断られてた。
最初はやっぱり避けられてるのかな? とも思ったりしたけど、資格取得と学業に専念したいからって理由で一回生の時に入った部活を前期が終わる前に辞めたんだって話を聞いて彼をそんな風に思ってしまった自分が恥ずかしいと思ったんだ。
「ありがとう。三回になったから課題は多くなるだろうけどこれからは気持ち的にも時間的にも楽になるし、やっと羽を伸ばせるって感じ」
神座くんはそう言いながら両手指を組み重ね、そのまま掌を上に伸びをし椅子の背もたれに背中を預け後ろに反った。
彼の背中からパキパキと乾いた音が鳴った。
「確かに、必須講義だけでスケジュール組んだら週の講義数なんてそんなにないもんね。で、なんの講義取るの? ゼミは? 私、神座くんと同じ講義とゼミ取りたいな」
彼は反った上体を元に戻しながら、
「おれの取るゼミが真緒のやりたい分野だとは限らないぞ」
少し困った顔で言った。
「大丈夫、神座くんのしたい事が私のしたい事なの、それに院に行って臨床心理士まで取りたいんでしょ? 私も同じだからゼミとか講義とか大体同じになると思うよ」
その私の言葉を聞いて神座くんは「なるほど」と納得した顔になった。
「さっさと講義組んで提出しちゃおうよ」
私はバックから選択講義の用紙をテーブルに出した。
「うーん…」
神座くんが少し悩んでいる仕草を見せた。
「どうしたの?」
「いや、講義選択の提出期限は来週で明日は取る講義がない…と思う、いや筈。眞緒は今日明日の予定は?」
「今日は特に何も、明日は夕方からバイトだよ」
神座くん突然なに?
彼はフーンと頭を上下に揺らして、
「じゃあ、今から遊びに行かないか? 講義の選択は明日一緒にやって終わらせよう」
…ここには私と神座くんしか居ないよね、まさか彼の向かいの席には誰か座っていて私には見えないだけ? ここで私が「三人で?」と疑問を投げかけたら神座くんは「やっぱり真緒にもこの人が見えていたんだね」とかいう展開に発展するのかな…なんてね。
「え…神座くんから誘ってくれるなんて、珍しいね」
正確にはこれで五回目だ。
「おれ部活にもサークルにも入ってないしさ大学で話しをするのは同じゼミの人くらいで、その中でも眞緒の様に話せる友達って居ないんだよ」
神座くんは人差し指で頭を掻きながら少し照れくさそうに言葉を続けた。
「いつも眞緒から誘ってもらってたけど断って悪いと感じてたし、今度から俺も友達として誘おうと思って」
神座くん、私の誘いを断る事に悪いと感じてくれていたなんて、なんか嬉しい。でもそこは友達としてじゃなく恋人としてでも良いのよ。
「ふふふ、しょうがない。友達の居ない神座くんの為に私が恋人になってあげよう! ホントにしゃーなしだぞ」
私は少し反り返り、軽く胸を叩きながら言った。
これってデートじゃん、今日は神座くんに逢えると思って美容院行ったし、おしゃれしてメイクして気合い入れてきて良かったー。
「いや、恋人じゃなくて友達でいいんだけ……」
「私は神座くんが好きだよ、神座くんは私の事好き? それとも嫌いなの?」
冗談ぽく言ったけど、これは我ながら意地悪な質問の仕方をしちゃったな。でも冗談でも好きって言われたいの。
「眞緒の事は…好きだよ」
はふう…何この胸のときめき、いつか心の底から好きって言われたいし言いたい。
私はしばらく恍惚の表情で神座くんの言葉の余韻に浸っていた。その時ふとある事が思い浮かんだ。
「神座くん! も…もう一度今の言葉を言ってくれる?」
私はスマフォをバックから取り出し、ボイスレコーダーを起動させながら鼻息荒く神座くんに迫った。
彼は向けられた私のスマフォへ静かに指を伸ばすとボイスレコーダーの終了をタップし「とりあえず行こうか」と立ち上がった。
困る素振りもまったく見せずなんてクールな対応力、次のチャンスは逃さないわ。
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