敵襲と警戒【1】

 嫌な気配のする方を向いて指差して、叫ぶのが精一杯。


 次の瞬間、何人かが行動を起こしたのが、なぜかスローモーションみたいに見えた。

 雅之氏が拳銃を抜きながら、矢島さんに撃てと叫ぶ。

 矢島さん達は持っていた長い銃を構え、説明を聞いていた人たちがさっと機材の方に走り出す。


 あたしと茜は、耳を押さえて、その場にとっさに小さくなっただけ。

 あとで雅之氏には思いっきり笑われたけど、とにかく動けなかった。


 銃声がいくつか響き、矢島さんが誰かにあたしらを動かすように命令しているのが聞こえた。

 誰だか判らない手に引きずられて、物陰に移動する。

 どのくらいそうしていたのか判らなかったけど、気がついたら、銃声は止んでいた。


 ……誰か怪我したんでなければいいけど。


 そう思いながらこわごわ覗いたら、とりあえずほとんどの人は無事みたいだった。

 無事じゃなかったのは……また、雅之氏。機材を入れてきた木箱の横に倒れてた。


「お兄ちゃん!」


 茜が悲鳴みたいに叫んで駆け寄るのと、中山さんが誰かを呼ぶのはほとんど同時だった。

 でも、あたしは次のそれに気を取られていた。


「また出た!」


 ゆがんだ空間の向こうに、なんか変なもの。上手くいえないけど、危ないそれを見ながら叫ぶ。


「木村君、退がって!」


 あたしを乱暴に押しのけた佐藤さんが、何か黒いものをあたしの指さした先に投げ込む。

 ぽん、と音がしたような気もするし、何も聞こえなかったかもしれない。ゆがんだ『窓』はひしゃげて、変なものと一緒に消えた。


「他に無いか」

「ええと、あ、あそこ」


 佐藤さんが投げようとした方向が、ちょっと違う。袖を引っ張って、違うと言ってる間に、三番目のそれは消えた。


木崎きざき曹長そうちょう、変動は観測できるか!」

「は、今しばらく時間がかかります、少尉殿!」

「くそっ」

「佐藤さん、あっち。ちがう、もうちょっと上です」

「見えないと言うのは不便だな」


 佐藤さんはそういいながら、その黒いものを野球のボールみたいに投げるんじゃなくて、肩から腕を突き出すように投げていた。


 いつ、どこから、あの変なのが出てくるかわからない。もしかしたら、あたしのすぐ後ろかもしれない。


「あとはもう無いか?」


 佐藤さんがそう聞くまでに、たぶん五個か六個の窓を消したと思う。


「……多分」


 断言するのは、すごく難しかった。


 ここで本当に『無い』って言っちゃって、でもすぐにあれが出てきたりしたらどうしよう。あたしが無いって言ってみんな気をゆるめたとたんに、また誰かが撃たれるかもしれない。


 佐藤さんはあたしを見て困ったように首をかしげていたけど、あたしにはなんにも言わないで


「木崎曹長」


 そう、木崎さんに声をかけた。


「佐藤少尉殿、変動は収束傾向にあります」

「判った。引き続き警戒に当たれ」

「は」

「木村君、ご苦労様。これでしばらく、あいつらは出てこないと思っていい」

「……ほんとですか?」

「出てきても、こちらで対処できる」


 あたしにうなずいて見せた佐藤さんの目が、少し横に流れた。


 あ。雅之氏。


「茜、どう?」


 慌てて駆け寄った時もまだ、雅之氏は目を閉じたままだった。

 仰向けに寝かされて、軍服の襟がゆるめてある。茜は雅之氏の頭の方に女の子座りしたまま、白い布で雅之氏の頭を押さえていた。


「血、とまんないよ」

「……撃たれた、の?」


 一瞬、最悪の結果を考えたんだけど、息はしてるし、顔色も悪くない。生きてる。


「かすっただけだって、療兵りょうへいの人が言ってたけど」


 茜が鼻をすすってから、片手で目元をゴシゴシこすった。

 こすった方の手も、雅之氏の血で汚れてた。


「茜、汚れるよ」

「べつにいいよ……」

「代わるから、洗ってきなよ」

「いい、ここにいる」

「……茜、落ち着け」


 すごく小さい声だったけど、そう言ったのは雅之氏だった。


「え、お兄ちゃん?」

「……テンパってる時は『お兄ちゃん』なんだなあ」

「起きてたんならおどかさないでよ!」


 茜の声が裏返ってたけど、あたしはそれを笑う気分にはなれなかった。


「怒鳴るな、頭に響くんだ」

「だって!」

「失礼します、中尉殿」


 茜が怒ろうとした時に、治療係っぽい人が割って入ってくれた。

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