探査と地図【2】
機械のセッティングは終わっていると言う話だったけど、雅之氏はちょっと配置が気に食わなかったようで、調べ始める前に機械の移動作業が入った。
君たちに、肉体労働を手伝えとは言わない。
雅之氏はそう言ったけど、そもそも、あたしらの手におえる仕事なんか無かった。
なにしろ今回使う機械って、鉄の固まりみたいなんだから。
そんなわけだからあたしと茜は電源コードを伸ばしたり、記録用紙を用意したり、そんな作業だけお手伝いした。
もっともあたしの場合、手伝っているんだか邪魔しているんだか判らなかったけど。
「はい、ご苦労さん。いったん小休止をした後、作業の説明をするよ」
わざわざ顔を出してくれた雅之氏が言った時、あたしはちょうど、最後の機械にロールペーパーをセットし終わったとこだった。
小休止の時間は10分。雅之氏の班の人にお茶を分けてもらったけど、雅之氏は休憩時間の間、どこかに消えていた。
「中尉は士官だから、席は別なんですよ」
兵隊と将校は食べるものも別、休憩場所だって別。だから、雅之氏は班の人たちと一緒に休憩したりしない。班の人にそう、当たり前のように言われてしまった。
……なんか変な感じ。
でもそういえば、前の時ってみんな、同じ不味い乾パンかじってたんじゃなかったっけ?
「そりゃ、ドンパチの時に贅沢いってられないでしょう」
丸い顔をした田村さんという兵隊の人が、ニコニコしながら言った。
まあたしかに、あんな変なところで特別弁当なんて頼めないけど。
なんか納得できない気分でお茶を終えた後、雅之氏が戻ってきて説明を受けた。
班の人たちへの説明はかなり専門的で、はっきり言ってあたしには良く分からなかった。
それが終わったあとで、あたしと茜には別の説明をしてくれたけど。
「つまり、君たちには大まかな作図をお願いしたいわけだ」
地図とトレーシングペーパーと画板、それにいろいろ入った布の肩掛けバッグを渡されたけど……どうすればいいんだろ。
茜と顔を見合わせたら、雅之氏は三角測量と言うのを簡単に教えてくれて、それから付け加えた。
「精密な位置出しと変動規模はこちらで正確に測るから、まず大雑把にポイントの絞り込みをして欲しいんだ。俺はこのB地区、中山はA地区を測定しているから、二人はC地区を歩き回って、変動があるポイントを出来るだけ多く見つけてきてくれ。いいね」
「それだけでいいんですか?」
「それ以上の事はしないように。何かあると困る。用心のために矢島軍曹の部隊から、二人ほど護衛がつく」
「別に、いらないと思いますけど」
そんなに危ない事なんか、全然起きそうに無い田舎なんですけど、ここ。
「危ない事って言ったら、山から猪が出てきて衝突されるくらいじゃないの?」
茜もそんな事を言ったけど、雅之氏は、念のためだと言っていた。
なんか起きる気配なんか、ほんとうに全然無いんだけどなあ。
お昼にはいったん戻ってくるように、と言われて、あたしと茜はとりあえず出かける事にした。
山間の田んぼというか畑といった感じのところで、護衛の人に一緒に来てもらわなきゃいけないような何かがあると言われたって、全然ぴんと来ないけど。
危ないとかそういう事はないんだけど、なんか変な場所(雅之氏はそれがピボットなんだと言っていた)はそれなりにたくさんあって、地図の上にその位置を書き込むのが大変だった。
出掛けにちょっと説明してもらったけど、それですぐに上手に作業できるってモノじゃないし、あたしは地図読むの苦手だし。
一緒について来ている兵隊の人なら、知ってるんじゃないだろうか。そう思って、やり方を知らないかどうか聞いたら、二人とも判らないと言われてしまった。
「頭使う仕事は、わかんねぇんです」
「自分らは兵隊ですからねぇ、体動かすのが仕事なんですわ」
……そういうもんなんだろうか。
「考えるのは士官の仕事ですよ。それに、俺達そんなに、学が無いんで」
うーん。
そんなこんなで結局、変な場所の位置を教えるのがあたしで、地図の上に書き込んだりする作業が茜、という分担に落ち着いた。
暇なのか、一緒に来ているうちの片方、山田さんと言う人が、距離を測るのを手伝ってくれたりしたけど。
午前中の三時間くらいかけて、調べられた場所の数はたった十五個。本当はもうちょっとあったんだけど、地図に書き込めたのはそれだけだった。
あんまり優秀じゃないよね、あたしらって。
「同感~」
茜も、ちょっとうんざりしたような顔になっていた。
「なんかさあ、この調子だと、あと三日くらいかかりそうじゃない?」
「うん。晴香がいれば、手先も器用だから助かったんだけどな」
「そーだよね」
はっきり言って、あたしと茜じゃあまりいい組み合わせじゃない。
あたしは手先はまあ器用な方だけど、肝心の作業の事が良く分かってないし、作業を良く理解している茜はけっこう、細かいところで抜けてたりする。
なんとゆーか茜のこれって……雅之氏と同じパターンじゃないのかなあ。血は争えないのかもしれない。
でも、うんざりしてたのはあたしらだけで、中山さんと雅之氏は、なかなかの出来だと誉めてくれた。
「それで、ほんとに役に立ちます?」
「十分だよ。ところで午後の作業だが、作業開始前にまたちょっとした説明をするから。1時にはここに戻って来てくれ、いいね」
「はーい」
「それと君たちの昼食だが、女の子の分だけ別に用意してくれたそうだ。地元の人のご厚意だ。余分な事は喋らないようにして、ご馳走になってきたらいい」
「他の人、いいんですか?」
「他の連中はこれが仕事だよ。君たちは違う。それに、たまにはこういう特別扱いも悪くないだろう」
たしかに、悪い気分はしない。
それにご飯はかなり美味しかった。普通の煮物と味噌汁に漬物がついてるご飯で、煮物はかつお節の味がしてた。
ご飯のお礼を言って、戻ってきたらジャスト1時。
ちょうど説明が始まったところで、あたしらはこっそりみんなの後ろに座ったけど、雅之氏はもちろん気がついていたみたいだった。
ちょっとまずかったかもしれない。
そんなことを思った時、背中のあたりがぞわぞわするような気分になった。
なんか、危ないものが来てる。
「そこ!」
まともな言葉なんか、出てこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます