疑わしきは【2】

 もう一つの、なんかがらんとした部屋。物はいっぱい置いてあるけど、人はいないそこで椅子に座れと言われた。


「言っときますけど、あたし、謝りませんから」


 座った直後に、茜がそう言った。

 横田さんを怒らせたらまずそうだけど、大丈夫かな。あたしは心配になったけど、それまで無表情だった横田さんが苦笑し、うなずいた。


「そう言うと思ったよ。さすがに親父さんの子だな」


 ……えーっと、話が飛びすぎてて良く判らない。そういえば茜の親って、外国にいるって話だったけど……


御母堂ごぼどうの事は知らないが、茜君達のお父上は我々の大先輩だったよ。すでに殉職じゅんしょくされたが」


 わけが判らなくなって首をひねっていたら、横田さんが説明してくれた。


「こうなったら、亜紀君にも少し話しておいた方が良いと思うんだが、構わないか?」


 なんか訳ありらしい。気遣うように横田さんが聞いたのに、茜は


「……はい」


 あまり気乗りしないようにうなずいた。


「ありがとう。……亜紀君、不思議に思った事はないか?」


 何が?っていうか、全部わけがわからないんですけど。

 そもそも平行宇宙って何?って感じだし、その平行宇宙で軍人やってる雅之氏っていうのもかなり謎だし。


「その御舘の事だ」


 たしかに、変だよね。茜の前で言う事じゃないけど。


「亜紀から見るとやっぱり変だろうと思うし、あたしは別に構わないよ」


 納得してどうすんのよ、茜。兄妹でしょうが。


「ふむ、ではその『変』な理由だが、君はどう考える」


 平行宇宙警察の、ええと、観測官とか言ってたっけ。ここの軍隊の人でもなく、別の平行宇宙で働いてる人らしい、ってことは判ったけど、それって普通の就職先じゃないような気がする。


「お仕事、何してるんですか?」


 良く判らないから聞くことにした。


「平たく言えば、時間線……平行宇宙間の侵略を防いだり、よその時間線に逃げ込んだ犯罪者を捕まえたり、密輸を監視したりする組織だ。御舘も私もそこに籍を置いている。御舘のように、親子二代で関わる例は少ないが」


 じゃあ、茜のお父さんも雅之氏と同じような事をやってるんだ。

 でも殉職とか言ってたけど、それって……


「亡くなられたんだよ」


 最後までは口に出せなかった質問に、横田さんが答えた。


「優秀な方だったが、テロリストの攻撃から民間人を庇って、殉職された」

「え……」


 あたしは思わず、茜を見た。


「まあ、あたしはその辺の事、良く覚えてないけどね」


 肩をすくめた茜の頭を、横田さんが軽くぽんぽんと叩いた。


「茜君の記憶はいじってある。なにしろ子供達の目の前で亡くなったものでね、特に茜君は幼かったから、記憶の一部を消したんだ」

「それって、大丈夫なんですか?」


 子供の脳をいじったって事だろうか。大丈夫なのかな。


「安全な方法がある。茜君は小さすぎたから、覚えていると精神的な影響が大きすぎると判断された。御舘は十五歳を過ぎていたから、本人の意思が優先されたがね」

「でも時々、フラッシュバックが来てるみたいですよ。うちの兄」

「それはそうだろう。自分の友達だと思っていた奴が、いきなりテロリストの本性をあらわして、自分の親や他の人間を惨殺ざんさつしたんだ。それを見ても平然としていられるようなら、その方がよほどおかしい」


 ……なんか、空気が重い。


「とにかく、我々も御舘おたての一件から、手痛い教訓を学んだというわけだな。一見無害な被害者に見える人物でも、それが共犯者である可能性は見落とすな、ということだ」


 横田さんは言って、あたしと茜を見ていた。なんとなく、その視線が重くてあたしはうつむいたけど、


「でも、晴香がそうである可能性、低いですよ?」


 そう、茜は反論していた。


「低い、か。疑っては、いるんだな?」

「可能性がゼロじゃないって事は、否定しません」


 小さい声だけど、茜はそう言った。……けっこうショック。


「……それって、冷たくない?」


 あたしが言ったら、


「子供たちの目の前で御舘捜査官を殺したのも、一七の少年だったよ。御舘の友人として接近してきた奴だった」

「……それ、どういうことですか」


 友達だったって。どゆこと?


「年の若いテロリストが、捜査官の身近な者をターゲットにしたというわけだな」


 最後に自爆する直前まで、奴は普通の学生を装っていたよ。そんなことを、横田さんは冷めた口ぶりで言った。


「今後もそれと同じ事が起こらないとは限らないし、実際にそんな事件は起きている。だから鈴木君が若いことも、君たちの友人であることも、関係ない。遠山の影響下にある人間として、どこまで何をしているか。今はそれだけが重要だ」


 あたしは何も答えられなかったけど、茜は


「……なにも、してないかも。ちがいますか」


 そう、ぽつっと言った。


「私も、そうあって貰いたいと思う」


 え?

 思わず横田さんの顔を見上げたら、表情は全然変わってなかった。相変らず厳しい。


「だが、私の仕事は疑ったら調べることだ。根拠の無い望みにしがみついて、君たちや他の人を危険に晒す事ではない」


 場の空気が激重状態になったところで、静かにドアがノックされた。

 それに横田さんが答え、そっと入って来たのは道代さんだった。


「落ち着きましたか」


 まずそう言ったのは、横田さんだった。


「ええ、いくらかは。それにしても、ひどい事をなさいますのね?婦女子にはもう少し、お手柔らかに願いますわ」


 道代さんはそう言いながら横田さんをにらんだが、怒っているようではなかった。


「これも任務です」

「それにしたって、相手は女の子ですのよ?」

「あなたが善玉役をこなしてくれるのは分かっていましたからね」

「悪役を演じられるのは結構ですけど、あれでは。やり過ぎではありません?」

「私はせいぜい、うらまれておきますよ。その方が、彼女も貴女にいろいろ話すでしょうから」

「そういう問題ではないと思いますけれど?」

「私にどうしろと?」

「仕方のない方ですこと」


 道代さんはそれ以上、横田さんを責めなかった。

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