卒業式編11-3(神崎朱音視点)

卒業式が終わり、私達は教室に戻ってきていた。


いつもの教室では聞くことのないすすり泣きがそこかしこから聞こえ、先生も涙を堪えている。


周りの反応とは逆に、私の感情が動くことはない。

自分でもこういう時にさばさばしているという自覚はある。だがどうしても興味のあることにしか感情が動かない。


私が高校生になってから感情が動いたのは数回しかない。


雪と再会した時。


優ちゃんが放送演説の時に雪のことを庇っていた時。


そして文化祭で十川ちゃんと優ちゃんが付き合い、花宮さんが一ノ瀬さんを慰めていた時。


あまり意識はしていなかったが、全部雪と生徒会のメンバーのことだった。


どうやら私は不器用で真っ直ぐな生徒会の人達が好きなようだ。


教室での最後のHRとクラスの寄せ書きを書く作業を終わらせて、雪と一緒に2年生が待っている校門に向かう。



「朱音、なんで校門に行くの?生徒会室で優たちのこと待ってればいいじゃん」


「ファンクラブの子が待っていたら可愛そうでしょ。生徒会室でお菓子とか食べてパーティーしてる間ずっと待たせるつもり?」


本来は、部活の後輩が待っているところだから私たちには関係ないけどファンクラブの人達もいるようだし、最後くらいは顔をだした方がいいだろう。



「ファンクラブがあることは知っているけど、私あんまりファンクラブの子と喋ったことないんだけど」


普段の私と雪はやや恐いイメージがあるらしく、ファンクラブの人ですらあまり近寄ってきたり話しかけてくることは無い。


そのため、軽く話して終わりだと思ったが、今日だけはファンクラブの人の勢いが違った。異様に押しが強く、学校から出て校門の方に向かうと揉みくちゃにされてしまった。



「雪大丈夫?」


「大丈夫じゃない。なんで朱音はそんなに無傷なの?」


30分程経ち、ようやく雪も私も解放されて再び合流した。


私と雪の手には大量の花束とプレゼントがある。


私は上手くあしらうことができたけど、雪はボロボロになっていた。ブレザーのボタンは2つともなくなり、ブラウスの一番上のボタンすら無くなっている。好きな男子の学ランのボタンを欲しがるのはよくあるけど、ブレザーのボタンを貰うのは聞いたことがない。雪の身につけているものなら何でも良かったということかな。


「私も色々欲しいって言われたけど断ったからね。その替わりに一緒に写真撮ったり、頭撫でたり、握手したりはしたけど」


「ずるい‥‥相変わらず朱音は要領がいい」


「雪も端から見ればそう思われてると思うけどね」


「どうせ本来の私は要領悪いですよー。もう優達も片付け終わってると思うし生徒会室行こ」


生徒会室のドアを開けると一斉にクラッカーがなり、出迎えてくれた。


「卒業おめでとうございます!ってその格好どうしたんですか?」


「優と十川さんも来年はこうなるから覚悟した方がいい」


「卒業式が終わってから一体何が‥‥」



それから30分程お菓子やジュースを飲み食いしながら話していると、優ちゃんが花束を持ってきた。


「卒業おめでとうございます。生徒会からのお祝いです」


「あれ、この花って」 


「体育館に飾っていた献花です。さっき思いついて、神無に花束用にして貰いました」


「伊澤先輩、ツンデレですか?献花を業者に頼む時からどの花にするかかなり悩んでましたし、かなり前からこうするって決めてましたよね」 


何か既視感があったが、花宮ちゃんが答え合わせをしてくれた。

一年前の今日、雪も優ちゃんと全く同じ事を先輩にしていた。


普通に自分で用意した花を渡せばいいだけなのに、献花の花を卒業生に渡すというのは照れ隠し以外の何物でもないだろう。

どう考えても献花の花から花束を作ったり選んだりするほうが手間なのにね。


照れ隠しは可愛いけど雪も優ちゃんも面倒な性格をしてると思う。


雪も気づき、苦笑いを浮かべているけどその顔は人から物を貰う時にする表情ではないからやめておいたほうが良いよ。


「すみません、迷惑でしたか?」

「いや、違うの。嬉いんだけど…」


ほら、こうなる。優ちゃんからすれば雪は色々な人からプレゼントを貰っているのだから迷惑だったと思うのも無理はない。


「雪、私が説明する。前から思っていたけど伊澤ちゃんって雪と似てるよね。実は去年、雪も生徒会の人に同じ事をしていたの」


「なるほど。だから雪さんが苦笑いをしていたんですね」



改めてよく見るとバランスよく切り揃えられている可愛らしい花束になっていた。流石十川ちゃん、芸術関係は何でもできるんだね。


私にはカーネーション、カスミソウ、白妙菊。雪には白のアルストロメリアと黄色のデイジー。


優ちゃんって男の子なのにこういう所はすごいこだわるよね。雪は不公平になるかもしれないからと言い、花の本数から種類まで全く同じにしていたからそこは全然似ていないかもしれないけど。まあ単純に雪が花や花言葉に全然詳しくないからっていうのも大きいだろう。


「白のアルストロメリアと黄色のデイジー…伊澤ちゃんはどっちが好きなのかな?」



「え?もしかして神崎さんって花言葉とか詳しいんですか?」


突然の私の質問に何かを察したのか、質問で返してきた。本当はかなり詳しいけど言ったら答えてくれないだろうから誤魔化そうかな。


「なんで?全然詳しく無いよ」


「どちらも好きですけど黄色のデイジーですかね」


私の答えに渋々納得をして優ちゃんはデイジーを指差す。


「雪はどっちの花が好き?」


「私はこの白い花の方が格好良くて好きかな。名前はわからないけど」


「雪はそうだと思った。それはアルストロメリアって花よ」


「へぇ、初めて聞いたかも。花宮さんと一ノ瀬さんは知ってた?」


「はい。お花は好きなので」

「名前だけは知ってます」


「えっ、知らないの私だけ?」


雪が1年生コンビと話している間に、優ちゃんの方に近づいてきて耳元に口を近づける。


「私もありのままの雪の方が好きだよ」


「花言葉詳しいじゃないですか」


少しだけ顔を朱くして溜め息まじりに私の方を睨み付ける。そんな顔をしても可愛いだけなんだけどね。


白いアルストロメリアの花言葉は凛々しさ、黄色のデイジーはありのまま。


優ちゃんなりに雪へのメッセージを込めたんだろうけど回りくどすぎて雪には伝わってないのが惜しい。花言葉を伝えてから渡せば伝わったとは思うけどそれは絶対にやりたくなかったのだろう。


あんまりいじるのも可愛そうだから話題を変えてあげようかな。


「そういえば私の方に入っていた白妙菊も伊澤ちゃんが選んだの?」


「いいえ、その花だけは花宮さんが足したものですね」


なるほど。心が見える十川ちゃんがいれたのかなって思ってたけど花宮ちゃんだったか。


優ちゃんが手招きして花宮さんを呼ぶ。


「私、この花が好きなんですよ。神崎先輩にぴったりだと思いまして」


「そう、ありがとね」


寮では料理の手伝い、生徒会では会計としてみんなをサポートしている花宮ちゃんらしい。


「そういえば、大学生になってからは天野先輩と一緒に住むんですよね」


「ええ、その方が家賃も安いしね」


先ほど私が優ちゃんにしたように花宮さんも私の方に来て私の耳元にてを当てる。


「余計なお世話かもしれませんが、一緒に住む前に思いは伝えたほうが良いんじゃないですか。この花はもう先輩の物なので好きに使ってください」


「うん、背中を押してくれてありがとね」


花宮ちゃんの頭を撫でてお礼を言うと、笑顔で返事をしてくれた。


「な、なるほど」


「伊澤先輩、今頃気づいたんですね」


私と花宮さんのやり取りを見て、やっと私の花束に白妙菊を入れた理由を理解したみたいだ。


「雪、この花あげる」


「朱音の方に入ってた花なのに貰ってもいいの?」


雪は後輩たちの方を見て心配そうにしているが全員頷いているので大丈夫。

だって花宮さんはこうするために私の花束に入れてくれたのだから。


「うん、いいって言われてるから。雪、この花言葉は『穏やか』と『あなたを支えます』なの。だから私は雪にこの花をあげる」


雪がどんな返事をするのか期待と不安が入り交じり久しぶりに心臓の音が聞こえるほど緊張している。


「穏やかっていうなら朱音の方が似合ってる気がするけど?怒っているところ見たことないし」


私の不安とは裏腹に素っ頓狂なことを言い出した。

優ちゃん、先に花言葉を説明しても無駄だったよ。


「今怒ろうか?」

「え!?私変なこと言った!?」


雪の頭を鷲掴みにして凄むと明らかに動揺して後輩達の方に助けを求める。


「伊澤先輩よりも鈍感ですね」

「天野先輩それはちょっと‥‥」

「雪、ひどい」

「僕も大概でしたけど雪さんもヤバいですね」


女子3人は雪の鈍感さにドン引きし、優ちゃんですら呆れている。


「なんで!?」


より一層何がおきているのかわからない雪は混乱して涙目になっている。


「まあ、雪らしいし今はそれで良いよ」


「う、うん。でもなんで今怒ったの?それに私らしいって何!?」


「教えな~い」


「ええ‥‥」


答えを貰えなかったけど今はこれで良かったのかもしれない。


今はいいけど大学を卒業する時くらいには気づいてくれると嬉しいかな。

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