卒業式編11-1

今日は堀江学園の卒業式。


生徒会のメンバーは卒業式の準備のために全員体育館に集まっている。

準備と言っても昨日のうちに紅白幕の設置やパイプ椅子のセッティングなどの時間と人手がいる作業は全て終わらせておいたので、後は式のタイムテーブルの確認や胸花の個数確認くらいしか仕事は残っていない。


3年生の雪さんと朱音さんは今日で卒業してしまう。二人とも付属の大学に進学が決まっていて、それほど遠くないところに二人でシェアハウスを借りて住むらしいので、いつでも会うことはできる。


でも、一年間寮で一緒に生活をしてきたので少しだけ寂しく感じてしまう。


僕がステージの上で物思いにふけっていると別の準備をしていた一ノ瀬さんと花宮さんがこちらに向かってきた。


「伊澤先輩、もしかして緊張してます?」


僕がぼーっとしている姿をみて勘違いしたのか、一ノ瀬さんが心配そうに話しかけてきた。


「今は別のことを考えていたけど緊張もしてるよ。いつもと違って生徒だけじゃなく保護者も来るからね。もし男ってバレたら終わりだし」


堀江学園の卒業式の送辞と答辞をおこなう生徒は先生が指名する訳ではなく、事前に行われた三年生による投票で決まる。この学校はミスコンといい、生徒の票で決めるのが本当に好きだな。

投票により、満場一致で送辞は僕、答辞は雪さんに決まった。


去年転校してきて三年生との思い出が少ない僕が送辞をしても良いのだろうか。それに、僕としても保護者の目につきやすい送辞はできればやりたくはなかった。


だが、短い期間ではあったけど雪さんと神崎さんには生徒会でかなりお世話になったり、男だと知っていて黙ってくれている恩もあるので、投票で決まったと知らされた時にはすぐに了承した。


「球技大会でウィッグしていなくてもバレなかったし大丈夫なんじゃないですか?」


「まあ、バレないとは思いますけど、そのくらいの緊張感を持っていたほうがいいと思いますよ」


「たしかに、そうだね。油断だけはしないようにするよ」


それから、準備は滞りなく終わり、万全の状態で卒業式を迎えることになった。


卒業式の司会は三年生の学年主任の姉さんがおこなっている。姉さんはアナウンサーの様な聞きやすい声で、流暢に司会をしていた。僕も生徒会長になってからは生徒総会や朝礼などで全校生徒の前で話すことが多いので下手なほうではないが、毎日何十人もの前で授業をしている姉さんは僕とはレベルが違うくらい上手だった。


それから式は予定通り進んで行き、いつの間にか僕の出番になっていた。


「在校生代表 送辞。在校生代表は2年2組伊澤優さんです」


司会の姉さんに呼ばれ、壇上に上がる。

壇上に上がった瞬間、生徒会選挙の時のような緊張が押し寄せて来た。


だが、雪さんから跡を継いだ生徒会長として恥じない振る舞いをしようと決心すると、すぐに緊張は消え自然と声が出た。


「厳しい寒さがまだ残りつつも、春の訪れが感じられる季節となりました。このような佳き日に卒業生の皆様が晴れてご卒業を迎えられましたことを在校生一同、心からお祝い申し上げます。


希望を胸にこの堀江学園高等学校の門をくぐってから早三年、かけがえのない様々な思い出が、卒業生の皆様には頭に浮かんでいることでしょう。


中でも、この学校ならではの行事であるミスコンや、全身全霊をかけておこなった球技大会などは記憶に深く刻まれていると思います。


先輩方は在校生の規範であり、様々な行事で私達を先導してくれました。

この先、先輩方は進学や就職などそれぞれの道を進まれますが、先輩方の前途には素晴らしい未来が開かれているとともに、道は決して平坦なものではないと思われます。

しかし、そんな時こそ先輩方がこれまで乗り越えてきた苦難や仲間との楽しい思い出、この学び舎で身につけた知識が役に立つことと思います。


私達在校生は先輩方が熱い思いを託して築き上げてこられた、この堀江学園高等学校を大切にし、その伝統を受け継ぎ、さらに発展させる覚悟です。

先輩方もこの母校をいつまでも忘れることなく温かく見守ってくださいますよう心からお願い申し上げます。


最後に卒業生の皆さまのご健康と、さらなるご発展を心よりお祈り申し上げ、在校生代表の送辞とさせていただきます。

在校生代表 伊澤 優」


僕の送辞が終わると会場が拍手で包まれた。

先輩達と保護者の反応を気にして作ったありきたりな内容になってしまったが、概ね良い反応で安心した。


僕と仲が良い雪さんと朱音さんの方を見ると、物足りないのか、ややむすっとした表情をしているが、この二人にはまた別に卒業を祝うから許して欲しい。

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