球技大会編10-5
終わった…
言い逃れも出来ない完全な詰み。
バスケの決勝ということもあり、全校生徒がいるんじゃないかと思えるくらいの人数が見ている。この人数をごまかせる言い訳なんて思い付かないし、おそらく存在しないだろう。
現実逃避で目の前が真っ暗になりかけたが、ここは気絶してる場合ではない。
そんなことをするくらいなら全速力で逃げるのが正解だろう。
駄目だ、全く考えが纏まらない。
「優さん大丈夫っすか?とりあえず、後半まであまり休憩時間もないのでウィッグを着け直すのは試合が終わってからっすね」
第1Qが終わり汗だくの五條さんは僕の焦りとは裏腹に呑気なことを言いながらこちらに来た。男が女子校にいるって球技大会どころではないと思うんだけど。
「えっ。そんな場合じゃ」
「もしかして、ウィッグしてたことがバレて焦ってるんすか?別にウィッグは校則違反じゃないしいいじゃないっすか」
あれ?もしかして男ってばれていない?観客もざわざわしてはいるが男と気づいたような悲鳴は聞こえない。
球技大会ということで化粧もほとんどしていない。さらに学校指定のジャージなので完全に男の姿のはずだ。
この格好でバレないって逆に何をしたらばれるんだろう。
いや、冷静に考えろ。男としてのプライドはズタズタにされたが、今はそんなことを言っている場合ではない。
今まで嫌だった女性っぽい顔も今日だけは利用するしかない。
「でも、優さんって実はそんなに髪短かったんすね」
「球技大会のために気合い入れて髪切ったんだけど、切られすぎちゃって!!恥ずかしいからウィッグをしてたの!!」
できるだけ観客に聞こえるように、不自然なくらいの大声で話す。
「なるほど~。優さんってそんなに球技大会に気合い入れてたんすね!あんまりこういうイベントに乗り気じゃないと思ってましたよー!」
普段から陽気な五條さんは僕のテンションが高いのが嬉しいのかそれ以上のテンションで返してくれる。
こういう時は五條さんの底抜けな明るさは本当に助かる。
落ちたウィッグを拾い上げて僕のウィッグを外した先輩のほうを向く。
「見た感じウィッグも壊れてないですし、全然大丈夫です」
「そっか、なら良かった。ホントにごめんね」
本当は留め具が一ヵ所壊れていたが話を大きくしたくなかったので、壊れていないことにした。一応替えの留め具は鞄に入っているので、後から直せるしそんなに問題はないと思う。
壊れていることもあり2Q目はウィッグなしで試合をすることになった。
ウィッグを気にしなくて良くなったおかげで本気でプレーすることができ、リバウンドと得点を二桁とる、ダブル・ダブルの活躍をして優勝することができた。
「優勝っすね!」
「うん、勝てて良かったよ」
僕が五條さんとハイタッチをして喜んでいると、伊織もこっちに来た。
伊織も五條さんと同じくハイタッチするかと思って手を出したら突然抱きつかれてしまった。
「伊織、何でハグ!?」
「女の子同士だと普通だよ」
え?そういう物なの?でもたしかに神無も付き合う前から僕に抱きついて来てたような。でも神無の場合は僕が男ということを最初から知っていたからちょっと違うか。
「それにこれで確信が持てた」
「え?今なんて言ったの?」
伊織が突然いつもの声の半分もないほどの音量で何かを言ったが全然聞き取ることができなかった。
「いや、何でもないから気にしなくて良いよ。優ちゃんって実はそんなに、髪短かったんだね。文化祭の時も思っていたけどそっちのほうが格好いいよ」
「そうかな。ありがとう」
格好良いって言われるのは嬉しいけど、男ばれする可能性が高まるから気をつけないといけないな。
そんな呑気なことを考えていると背筋が凍るような声が聞こえてきた。
「優」
「神無…」
やばい、神無に伊織と抱きついているところを見られた。これはまた怒られる。
「いや、さっきのは違うからね」
「今はいい。でも寮に帰ってから話がある」
「はい…」
世間で浮気がばれた人はこんな感じなんだろうか。僕は浮気なんてしていないのに何でこんなことに…
「優には後で話す。伊織、ちょっと来て」
「ありゃ、やっぱり十川ちゃんは流石だね~」
流石?流石って何だろう。
明らかに静かな怒りを僕に向けている神無とは対象的に伊織は僕にウインクをして楽しそうにしながら神無と体育館から出ていった。
「神無さんかなり怒ってましたね。静かに怒るから余計に恐いっす‥‥」
「うん、怒られる心あたりがありすぎて何も言えなかった…」
二人がいなくなった後に残されたのは、優勝したにもかかわらず、盛り下がっている僕と五條さんだけだった。
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