十川家7-3
道場から戻り、再び居間で雑談をすることになった。
僕のことを気に入ってくれたらしく、神無のお父さんが解放してくれない。
余計なことを言ってしまう可能性もあるので早く帰りたいんだけど。
「優、おまえの趣味はなんだ」
学校の自己紹介の時は男っぽいから言わなかったけど正直に言ってもいいかな。
「将棋です」
「馬鹿…」
ぼそっと神無に罵倒された気がする。その横で神音さんは爆笑しているけど何か間違っていたのか。まさか武道以外の趣味は許されないとかなのか。
「ほう、おまえさんも将棋を指すのか」
今までずっと静かに聞いていた電十の会長である神無のお爺さんが急に話に入ってきた。
「はい、強くはありませんが趣味でやっています」
「棋力は?」
柔道の時と違ってすぐに聞かれたか。まあ武道と違って見た目では全然わからないもんな。
ネット将棋のレーティングでは三段だが免状を持っているわけではないので控えめに言っておこうかな。
「段は持っていませんがニ段程度だと思います」
「ほう、中々じゃな」
「佐竹、盤をもってこい」
「はい、かしこまりました」
ずっと後ろで待機していたメイドらしき女性に指示を出しているけどここで指すのか。
一局指すだけで結構時間がかかるけどいいのかな。
少し待っていると脚付の盤と駒が運ばれてきた。
堀埋駒なんて実物で初めて見た。駒と盤を合わせたら100万円以上するんじゃないか。
当たり前だがやはりとんでもないお金持ちなんだな。
あまりにも良い駒すぎて手が震える。
「儂とやるのは緊張するか」
「それもありますが、とても良い駒と盤なので緊張しています」
「ほう、この駒の良さがわかるか」
「はい、こんなに良い駒は初めて見ました」
「そうか」
顔には出ていないがかなり嬉しそうだ。やっぱり自分の好きな物を褒められて嬉しいのは富豪でも庶民でも変わらないのかな。
「よし始めるか。じゃあわしは飛車を落とそうかの」
僕が駒を落とすんじゃなくて向こうが落とすのか。ニ段って言ったのに飛車を落とすってこの人何段なんだ?
神無と神音さんの方を見ると両手で6とだしていた。
なるほど、6段なのか。6段ということはアマの全国レベルということだ。
それは飛車落ちくらいはしてもらわないと勝負にもならないな。
激闘の末、なんとか勝つことはできたがやはり強い。本当に平手でやらなくて良かった。正直、角落ちだと勝てるかどうかわからないレベルだ。
だが、駒落ちとはいえ勝ってしまって良かったのだろうか。
これで機嫌が悪くなって怒られてしまうかもしれない。
でも、手を抜いて勝ちを譲るなんてことは絶対したくないし、何より相手に失礼だ。
「本当にニ段か?」
「ネット将棋は三段ですが、免状を持っているわけではないので二段と言いました」
「なるほどのう。たしかに三段はありそうだ。もう一局やるぞ」
「は、はい。よろしくお願いします」
この後、平手でぼこぼこにやられた。
「中々の実力だ。かなり楽しめたぞ。」
「ありがとうございます」
「他の社員と駒落ちで指すことはあるが儂に気を使ってわざと負けるやつが多くての。実力でいえばおまえくらいのやつはいくらでもいるが、会長の儂相手に本気で勝とうとするのはおまえくらいだ。これからはたまに遊びに来て儂の相手をしてくれんかの」
とりあえず、怒られなくて安心した。
気に入られたってことでいいのかな?
「是非、よろしくお願いします」
「決まりじゃの。智和、そろそろネタバラシをしてやりなさい」
「はい、お義父さん。でも全てを説明する前にこれだけ確認させてください」
「優、おまえの父親は何て言う名前だ」
「伊澤武司です」
「そいつは空手と将棋をやっているな」
「はい、今はやっていませんが昔はやっていたみたいです」
「やはりか」
「父を知っているんですか?」
「ああ、おまえの苗字と将棋ができるっていうところでもしやと思っていたがな。おまえの父親はおれの大学の時の友人だ」
嘘だろと思いつつも、世間はなんて狭いのだろうと思い知った。
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