十川家7-2

家に入る前に偽彼氏だとばれてしまった。

神無ごめん、僕全然役にたたなかった。


「じゃあ、行きましょうか」

「え、何処にですか。まさか刑務所?」


偽彼氏としてここにいることどころか、女装して女子校に行ってることもばれているので、刑務所くらいしか思い付かない。


「行きたいなら連れていくけど?」


「いえ、遠慮させてください」


「家に入るに決まってるじゃない」


「え、でも偽彼氏ってもうばれているんですよね」


「今は偽でも後々、付き合うかも知れないじゃない。卒業してからとかね。顔見せしておいても損はないわ」


卒業してからって昨日僕が一ノ瀬さんと話していた通りだな。この人には本当に見えているのか。

ちょっと待てよ。この人に見えているということは神無にもばれているのか。


「ばれてる」


神無の方から声が聞こえたがそちらを見たくない。

もう死にたくなるくらい恥ずかしい。実際に告白されてもいないのに、告白されても断るってどの口がいってるんだって思われてそう。


「思ってない」


それは嬉しいけど、全部ばれてるのはやっぱり恥ずかしいな。


「痴話喧嘩してないで早く入りなさいい。あと、神無との馴れ初めは考えておきなさい。流石に女子校で会いましたじゃばれちゃうから。あと私のことは神音(かのん)さんと呼びなさい。私は優と呼ぶわ」


一応それは昨日のうちに考えてきたが、本当にこれでいいんだろうか。


豪邸に入ると、見たこともないシャンデリアや大きい絵などが目につく。

そういえば神音さんは世界的な画家って一ノ瀬さんが言ってたな。申し訳ないが大学生くらいにしか見えないし画家のイメージとはかけ離れている気がする。


「若く見られるのは嬉しいけど若干失礼ね」


「すみませんでした」


もう余計なことは何も考えないようにしようと心に誓った。


2階に上がると、無駄に広い居間に60代くらいのおじいさんと50歳くらいのムキムキのおじさんが座っていた。


「ようやく来たか。お前が神無と付き合っている男だな」


「はい、伊澤優です」


「2度と会うことがないやつの名前を覚える気はない。そもそもお前は何をしに来たんだ」


「神無さんのお見合いを破棄してほしいと言いに来ました」


「今回の見合いは俺が家柄や学歴などを吟味して選んだ人間だ。そしてその男を婿養子として向かい入れてこの会社の後取りとして育てていく」


「神無はお見合いが嫌だって言っていました」


「この家に産まれた以上、仕方がないのだ」


「後取りを探しているなら養子を取ればいいじゃないですか」


「それでは世間体が悪いだろう」


「世間体のために神無の自由を奪うんですか?」


あまりにも神無のことを蔑ろにした言葉に我慢できず、無意識で神無のお父さんのことを睨みつけてしまった。


「おまえその目はなんだ。そもそもおまえはどこで神無に会ったんだ?」


「たまたま、外でぶつかってそこから色々話して仲良くなりました」


僕の嘘馴れ初めがあまりにも嘘臭いからなのか、後ろで見ていた神音さんが、口元を手で覆いながらニヤニヤしている。昨日の夜にかなり考えてこれしか思い付かなかったんだから仕方がないじゃないか。


「そんなナンパみたいな出会いから付き合ってるなぞ許せる訳がないだろう。貴様はぶっ飛ばす」


話し合いでは解決出来ない雰囲気になってしまった神無の父さんをみかねて、神音さんが話に割り込んで来た。


「話しは聞かせてもらったわ。埒が明かないし、お互い正々堂々力で勝負したら?」


「神音、まさかおれにこいつと武道で決着をつけろと?」


「ええ」


「弱すぎて一方的な虐殺になると思うが」


「この子意外と強いみたいよ。体重差もあるみたいだし、柔道で貴方は一本、優は技あり以上で勝ちでいいんじゃない?」


「それだとハンデにもなってないぞ。右手を使わないとかでなければ勝負になるはずがない」


「神音さん、そのハンデで良いです」


「いい度胸だな、おまえがそれでいいなら俺もいいぞ」


「俺は先に道場に行っている。神無、少し経ってから、そいつを道場に連れてこい」


「わかった」


神無の父さんが居間から出ていってから神無がこちらに駆け寄ってきた。


「大丈夫?」


「うん、柔道ならなんとかなるかもしれない。神無のお父さんは柔道以外にも武道をやっているの?」


「空手、合気道、截拳道、他も多分ある」


なるほど、柔道以外なら死んでたな。柔道にしてくれた神音さんに感謝しないといけない。


道場に着き、胴着に着替える。冷静に考えて、なんで家の敷地内に道場があるんだ。


体格差もあり、普通に戦えば勝てないが今なら相手が明らかに油断をしている。チャンスは最初の一瞬しかない。


試合が始まりすぐに、下手なふりをして一気に近づいて組み合う。

よし、完璧な形で入った。このまま投げ飛ばせ…ない。

微妙に投げる瞬間に間合いを近づいてきたのと尋常ではないボディバランスのせいで体が浮きはしているが、投げ飛ばせるほどの威力が出ていない。

一発目を外したのは大きくそのあとはかなり警戒され、技ありをとることができずに終わってしまった。一応こちらも技ありは取られているものの、一本は取られていないので引き分けということになるのだろうか。


全力でやったが勝つことができなかった。こんなことなら高校に入ってからも柔道を続けておくべきだったな。


「おまえ、相当柔道をやっているな。何段だ?」


「2段です」


嘘をつく理由もないので正直に中学生の時に取った段を言ったが神無のお父さんは怪訝な顔をしている。


「そんなはずはない。その強さなら余程試験の相手が悪くない限り4段まではいけるはずだが」


「中学までしかやっていなくてそこまでしか試験を受けられなかったんです」



「中学まででこの実力なのか。続けていればもっと強くなれたはずだが」


「元々、顔や声、身長で馬鹿にされていて、馬鹿にされない強さと自信が欲しくて続けていたことなので」


「そうか、また始めるときは俺にいいなさい。知り合いの道場を紹介しよう」


あれ?先程と打って変わって、優しくなっている気がする。


「ありがとうございます」


「おまえがなかなかやるのはわかった。まあ、それと神無をナンパした件とは別の話だがな。勝負はこれで終わりだがこれから稽古をつけてやる」


僕のことは認めてくれたみたいだが、僕がでっち上げた嘘馴れ初めのせいで、めちゃくちゃ投げ飛ばされた。

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