学校生活4-2
「伊澤さん、仲良くやるのと手を抜くのは違うっすよ」
五條さんの表情は静かに怒りを浮かべていた。普段優しく明るい人だからこそ怒ると恐い。
「え?」
「できないのはしょうがないけどできるのにやらない人は嫌いっす」
声色は低く怒気が溢れている。
寮で会う彼女からは想像もできないような迫力に僕はたじろいでしまった。
スポーツをやっている人にとっては手を抜かれると言うのは腹立たしいことだろうし彼女が怒っているのは当然だろう。
たとえ体育の授業とはいえ本気でやらないのは失礼だ。
「わかった。本気でやるよ」
「それならいいっすけど」
五條さんが走っていった後に僕がマークしている三木さんも話しかけてくる。
「ごめんね、皐月は手を抜くのも抜かれるのも嫌いだから」
「いや、こっちが悪いから気にしないで」
五條さんのマークをしてる人にお願いしてマークチェンジをしてもらう。
「直接やるんすね」
「うん、本気でやるからには直接対決の方が分かりやすいからね」
「意外と負けず嫌いなんすね」
五條さんが小刻みにフェイントを入れて僕のマークを外してパスを受け取りジャンプシュートを打つがギリギリ追いつきブロックする。
ターンオーバーして、速攻で決めきれるかと思ったが、戻りが異常に速い。僕も足は速いほうなんだけどやっぱりすごいな。
「今のブロックでわかりました。やっぱりさっきまでは本気出してなかったんすね」
「まあちょっと色々あってね。でもここからは最後まで本気でやることにするよ」
五條さんのディフェンスはやはり上手く、ドリブルで抜くのは難しかったので、レッグスルーからのステップバックでミドルシュートを打つ。
ややコースがずれたがリングにあたりシュートが入る。
一発目が入ってよかった。
本気だすとか言っていきなり外したら格好悪すぎるからね。
「上手いとは思ってたけどこんなにすごかったんすね」
「ありがとう」
五條さんが心底驚いたように僕の方を見る。
そのあとは全力でやったが15-12で負けてしまった。
ゼロステップを何回かトラベリングとしてとられてしまったので、それがなければ勝てたかも知れないと思うと、
なんとも言えない気分になる。
本気でやると負けた時に悔しいから嫌なんだよな。
試合が終わり、五條さんが握手を求めてきた。
「本気でやったけど勝てなかったよ」
「チームは勝ちましたけど私との勝負は優さんの完勝っすよ。でも次は負けないっす。そういえばなんで最初は本気出さなかったんすか?」
ウィッグが取れるのが嫌だったし、本気を出すと運動部に勧誘されるのが目に見えていたからできれば本気をだしたくなかった。
でも五條さんには昨日運動部には入りたくないと言ったばかりだし、素直に運動部の部活勧誘をされたくないから本気を出さなかったと言うと、罪悪感を与えてしまいそうだし、適当に誤魔化しておこうかな。
「タオルを持ってくるのを忘れたから汗をかきたくなかったんだ」
「あっ、申し訳ないっす。もう汗だくだし、これからシャトルランでさらに汗かいちゃいますね」
「いや、気にしないで。忘れたのも手を抜いたのも明らかに僕が悪いから」
納得したのか彼女は笑顔になり走り去っていく。
五條さんが去った後に三木さんとバスケ部の谷村さんが僕に近寄って来た。
「本当は本気でやったら運動部に勧誘されるからちゃんとやらなかったんでしょ。それを言わないなんて優しいね」
「え、そうなの?バスケ部に勧誘しようと思ってたのに~」
ウィッグのほうはばれてないだろうけど三木さんはかなり鋭いな。
苦笑いで肯定すると、三木さんは笑って僕の肩を叩いた。
「やっぱり伊澤ちゃんは優しいね。私の思ってた通りだよ。またあとでね」
また後で?谷村さんと何か約束とかしてたかな。話をするのすら初めてのはずだけど。何か予定があったかどうか聞こうと思ったらウィンクをして三木さんと一緒にいなくなってしまった。
体育が終わり、また着替えに手間取るのは嫌なので、急いで教室に向かう。
今日だけは廊下を全力疾走するのを許してほしい。
何とか誰かが来る前に着替えることはできた。寮に帰ったら着替える練習をしておかないとまずいな。
そのあとの授業は問題なくこなすことができたが、まだ問題は残っている。
それは朝のラブレターらしきものの呼び出しだ。
明らかにイタズラなら行かないで手紙を捨ててしまうのだが、どうしようかな。
便箋や封筒はすごくかわいいくて、物だけを見ると、冗談ではないと思う。
しかし、名前が書かれていないのだ。他の物は全部名前が書いてあるが今日の呼び出しのものだけどこにも書かれていなかった。
でも内容をみると昨日会ったときに一目惚れしたというもので便箋2枚分にぎっしりと文字が書いてあってやはりイタズラとは思えなかった。
これを無視して呼び出しの場所に行かないのは、人として駄目だろう。
断るにしてもちゃんと目を見て返事をしなければいけない。
憂鬱な気分になりながらも放課後校舎裏に行くことにした。
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