入寮2-1
「姉さん!?」
ドアが閉まった瞬間、急に近づいてきたと思ったら思い切り抱きつかれてしまった。
化粧の匂いと胸の感触がいっきに押し寄せてきて!思わずあわあわとしてしまう。
「優、こんなんじゃ女の子ばっかりのところで生活なんてできないわよ」
「うるさいなー」
「なんだとー」
僕の髪をわしゃわしゃしながらじゃれついてくる。
ウィッグがとれたらめんどくさいからやめて欲しい。
「そういえば、さっきまで怒ってなかった?」
「全然、怒ってないわよ。なかなか来ないから心配はしてたけどね」
「あれ、そうだったんだ。なんかいつもの雰囲気と違ったから怒ってるのかと思ったんだけど」
「あー」
姉さんはポリポリと頭をかきながら苦笑いをした。
「私、学校や寮だと、ああいう感じにしてるのよ。ちょっと厳しい先生的な」
「なるほど」
だから寮長室に呼んだのか。寮の中でも生徒に会う可能性が高いもんね。
「そうなのよ、生徒と仲良くはしたいのだけどメリハリがないのも違う気がするしね。まあそんなことより、あらためて転入してくれて嬉しいわ」
「制服の着方とか化粧の仕方とかは大丈夫?なんだったら今から教えてあげるけど」
「一応、母さんから両方とも習ったから大丈夫かな。制服はともかく化粧は高校生だしいらないと思うんだけど必要なの?」
「化粧したほうが可愛いくなるから絶対いるわ!」
ああ、母さんと同じ事を言っている。
可愛い可愛いくないよりも化粧して目立ったり、先生に目をつけられる方が嫌なんだけど。
「まあ、それは半分冗談だけどね。優はわからないと思うけど、結構女子って友達と化粧の話をするし、やってみた方がいいと思うわ。校則でも過度な化粧でなければしてもよいってなってるから、結構みんなしてるわ」
「そうなんだ、化粧禁止なのかと思ってた」
「まあ、高校卒業して大学にいかずに就職したり、親の会社に入る人もいるから、今のうちに化粧慣れしたほうがいいっていう学校の方針もあるわ」
たしかに、高校で化粧は禁止で社会人でいきなり化粧するのは結構きついだろう。流石、淑女を育てる学校と謳っているだけあり生徒のことをよく考えている。
それに、意外と学力が高いところの方が校則が緩いっていう所も多いもんな。僕のいた学校も校則あったかなと思うほど緩かったし。
「まあ、ある程度教えてもらったならいいわ。それに化粧していなくても充分可愛いしね。脱いだりしない限りはまずばれないんじゃないかしら」
かなり失礼なことを言われてる気はするが、ばれないことが一番重要なので許すことにしよう。
「そういえば、今日から寮に入るけど寮生全員に挨拶とかしたほうがいいの?」
「夕食の時にだいたいみんな集まるからその時でいいんじゃないかしら」
「うん、そうするよ」
「あと、お風呂は基本的には22時までだけどバッティングしたらまずいから優は22時半以降にしなさい。その時間なら私以外は使うことはないから。風呂さえ気をつければ寮でばれることはないと思うわ」
たしかに、風呂が一番危険だが、時間もずらしてもらえたし気をつけていれば、大丈夫だろう。
露骨なフラグがたった気がするがとりあえず気にしないことにしよう。
「じゃあ夕食までは部屋にいるね」
「18時になったらおりてきなさい」
「うん」
そう言って僕は寮長室をでて自室まで戻った。
自室に戻り、荷物の整理整頓をおこなう。
かなり面倒だが、明日から学校だし今やっておかないとな。
今日は色々動いて疲れたから早めに寝たいし。
キャリーバッグから荷物を全部出すと、写真たてに入った写真に目が留まった。
前の学校の親友である聡とのツーショットの写真で、僕が引っ越すときに写真たてごと聡がくれたものだった。せっかくだし、部屋の勉強机に飾っておこうかな。
今はウィッグをつけているのでこの時よりも髪は長いが、普段から女の子に間違われていたため、この写真を見られるだけでは男だろといわれることはないだろう。
これを見て聡と付き合ってるんじゃないかとか、言われるのはちょっと面倒だけど、普通に男友達といえばいいだろう。まあこの学校は付き合うのが禁止とかでもないし誤解されたとしてもたいした問題はない。
そもそも誰も僕の部屋にはいらないだろうから尚更大丈夫だろう。
その後、化粧品や制服、女性物の服などを整頓していたら気づくと17時30分になっていた。
早めに行って姉さんの手伝いでもしよう。皿だしくらいはできるだろうし。
一階の食堂に向かうとすでに5人分の皿が出されており、やや栗毛色の髪をした小柄な女性が一人座っていた。
「はじめまして、今日からこの寮に入りました。伊澤優です」
「はじめまして、3日前からこの寮でお世話になっている一年生の花宮葵です。今日寮にきたということは転校されてきた上級生の方でしょうか。入学式は今日でしたし」
目の前の女の子は物腰が柔らかい口調でいう。優しそうな女の子だな。
そういえば、学年を言ってなかったな。
「ええ、明日から2年生ですね。でも花宮さんのほうが先に学校に行っているのだからあなたのほうが先輩ね」
冗談まじりにいうと、彼女は微笑した。
しかしすぐに何かに気づいたように表情を曇らせた。
「伊澤さんってもしかして、伊澤先生の妹さんですか」
「ええ、そうよ」
別に言ってもいいだろうと素直に肯定する。まあ正確には妹じゃなくて弟なんだけどね。
「優、早いわね」
「うん、何か手伝えることはないかなって思ってちょっと早く来たんだけど」
「でも、花宮さんが手伝ってくれたから準備も全部終わってるわ」
黒いエプロンをはずしながらキッチンから出てきた姉さんは話に入ってくる。
やっぱりいつもよりもテンションが低いな。
こうみると普通のかっこいい大人の女性に見える。
「名前…しかも呼び捨て…先生!なんでこの人のことは名前呼びなんですか。昨日からずっと頼んでるのに私のことはずっとしたの名前で呼んでくれないじゃないですか」
花宮さんの雰囲気が豹変して姉さんに駆け寄っていく。
「花宮さん、だから私は生徒に名前呼びはしないと言っているでしょう」
「でも伊澤優さんには優って呼んでいたじゃないですか」
「おとっ、妹だからあたりまえじゃない。それに学校では優のことも名字で呼ぶわよ」
おい、弟といいかけたでしょと姉さんを睨むと姉さんがすーっと目をそむけた。
「じゃあ、私も学校ではいいです。でも、寮では葵って呼んでください」
押しが強すぎてついていけない…
もう彼女は姉さんに任せようと席をたちトイレに向かうことにした。
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